高宮神社(読み)たかみやじんじや

日本歴史地名大系 「高宮神社」の解説

高宮神社
たかみやじんじや

[現在地名]寝屋川市高宮

大杜御祖(おおもりみおや)神社の北西にあたる。「延喜式」神名帳に載る讃良(さらら)郡「高宮(タカミヤノ)神社大、月次新嘗」とされる。讃良郡唯一の大社。祭神は天剛風命、旧郷社。もと若宮(わかみや)神社とよばれていたが、これは祭神が大杜御祖神社の祭神天万魂命の子であることによる。社名は当地一帯が含まれた古代高宮郷(和名抄)の郷名を負うと考えられる。「旧事本紀」には万魂命の児として「天剛川(風カ)命高宮神主等祖」の名がみえる。


高宮神社
こうのみやじんじや

三輪(みわ)山山頂に鎮座し、大神神社摂社。祭神日向御子(ひむかいのみこ)神。上宮(こうのみや)・神峰(こうのみね)社とも称し、「大三輪社勘文」は「元永二年、従七位上山田首積善(さねよし)作大神崇秘書曰、高宮亦曰上宮、在三輪山峯青垣山、無神殿有神杉、称奥杉是也、神名帳云、大神坐日向神社一座一所、日本大国主命也」と記し、「延喜式」神名帳の城上(しきじよう)郡「神坐日向(ヒムカイノ)神社大、月次新嘗」にあてる。


高宮神社
たかみやじんじや

[現在地名]里美村大菅 宮ノ前

里川の西側の山麓に位置し、祭神は日本武尊。旧村社。社伝などによれば、延暦二一年(八〇二)坂上田村麻呂が蝦夷地遠征の折、この地で日本武尊を祀り、武運を祈願したという。「新編常陸国誌」に「神体ハ幣ナリ、宮中ニ白山権現、熊野権現、吉田明神、駒方明神、稲荷明神アリ、竈殿アリ」とある。江戸時代には本山派修験大泉院が代代別当職を勤め、社領二石八斗八升が付与された。社伝によると、境内にある駒方(こまがた)明神(現駒形神社)は馬霊神としてこの地方の馬産農家の崇敬を集め、旧暦三月一七日の祭礼には各地から紅白に飾りたてた馬を引き参詣に集まったという。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

世界大百科事典(旧版)内の高宮神社の言及

【寝屋川[市]】より

…低地部には国道1号線や大阪外環状線に沿って金属,機械,電気などの工場や倉庫も進出し,住宅と工場が混在している。成田不動尊の別院や北河内の式内社中唯一の大社である高宮神社がある。【秋山 道雄】。…

※「高宮神社」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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