日本大百科全書(ニッポニカ) 「高齢者のうつ病」の意味・わかりやすい解説
高齢者のうつ病
こうれいしゃのうつびょう
老年期に発症するうつ病。高齢者のうつ病の数は少なくない。日本の65歳以上の高齢者におけるうつ病の12か月有病率(過去12か月間に診断基準を満たした人の割合)は2.3~4.8%と報告されている。
高齢者では、診断基準を満たさない閾値(いきち)下のうつ病が多いとされている。症状的には、抑うつ気分がはっきりせず、興味、喜びの喪失が前景にたつことが多く、そのために見落とされることがあるので注意を要する。また、記憶力の低下が顕著であるため認知症と間違われやすいが、認知症では記憶力の低下に気づかず、気づいても言い訳をする傾向があるのに対して、うつ病では記憶力の低下を思い悩んでいることが特徴的である。
高齢者は、身体面では老化による身体の衰えを感じ、なんらかの病気を患うことも多く、死を差し迫ったものとして意識することもある。社会面では退職や老化に伴う仕事の喪失、家族や社会との交流の減少、家族内での役割の喪失を経験している。いままでできていたことができなくなり、他人に頼らなければならないことへの自己嫌悪や罪悪感をもつこともある。さらに高齢者は、配偶者との死別、友人や近隣者の死といった身近な人や親しい人の喪失を経験している。このような高齢者の老化やライフイベントに伴う身体的、心理的、社会的体験は、閉じこもりなど社会からの孤立につながり、うつ病の引き金となる。
高齢者のうつ病対策は、介護予防や自殺予防にとっても重要である。しかし、死や自殺を考えている高齢者がまわりの人たちに相談することは多くない。したがって、うつ病対策の普及・啓発活動やスクリーニングなどの保健活動は、高齢者自身のうつ状態に対する気づきを高め、相談や受診しやすい地域づくりのためにも重要であり、こうした活動にかかりつけ医が協力することが大切である。
[大野 裕 2020年7月21日]