医学・生物学用語。老化とは,多細胞生物,とくに有性生殖を行う動物の生活史の後期に,加齢に伴って生ずる生理機能の衰えを指す。人間などの多細胞動物では,卵が受精すると発生を開始して細胞分裂を重ね,しだいに形態,機能を分化させつつ成長し,性的に成熟して生殖を行い,次の世代をつくると,やがて機能が衰えて死ぬ。このように個体が年をとっていくこと,つまり生活史の経時的・不可逆的進行が加齢(エージング)である。〈加齢〉には必ずしも老化が伴うわけではないから,環境に対する体の適応機能の衰えや,抵抗力の低下などによって示される成熟期以降の退行的変化を意味する〈老化〉とは概念が異なるが,しばしば両者は混用される。
人間では,他の動物に比べて老化の期間がとくに長い。これは寿命が長いことにもよるが,生存曲線に示されるように,多くの動物では若い時期に他の動物に捕食されたり,病気や事故で死ぬ個体が多く,生殖年齢や老衰期を経て天寿を全うする例が少ないのに対して,人間の場合は親が長期間にわたって子を保護するばかりでなく,経済成長に伴う公衆衛生や医療の進歩の程度に応じて若い時期の死亡率が低下し,老衰期を経て生存限界(限界寿命)まで生き延びる個体が多くなるためである。
人間にみる老化は,成熟期以後に齢を重ねるに伴って生ずる生存能力の減退や体の退行的変化の現れで,そのおもな原因は,これらの器官を構成している組織や細胞の老化によるものである。体の組織や器官は,1個の受精卵が分裂を重ねて生じた細胞集団により形成されたもので,若年期までにほとんどすべての器官は完成してしまい,成熟後は細胞の分裂能力が一般には低下し,定常状態を維持するにとどまる。
成人の体の細胞を分裂能力で分けると,(1)細胞そのものの寿命は短いが,個体の寿命が続くかぎり分裂を続け,絶えず新しい細胞と置き換わっている皮膚の基底細胞,消化管の上皮細胞,造血細胞などの短寿命の分裂細胞群,(2)体の成熟後は正常な状態ではほとんど分裂しないが,分裂能力は潜在的に維持しており,傷害を受けると急速に増殖して補修を行う肝臓や腎臓の細胞などの可逆性分裂終了細胞群,(3)発達段階の比較的早い時期に分裂能力は失われるが,個体の寿命が終わるまで細胞の寿命も続いて,機能を営み続ける神経や筋肉の細胞などの長寿命の分裂終了細胞群がある。
このように,数時間しか寿命のない白血球の仲間から,数十年も寿命の続く神経細胞までの多種多様な細胞が集まって個体が構成され,生命の営みが続けられることから,個体の老化や寿命の限界の原因を,これらの細胞の老化や寿命に求める考え方がでてくる。つまり,短寿命の増殖系の細胞では,分裂を重ねるにしたがって分裂能力が低下し,細胞の大きさがふぞろいになり,配列も不規則になって組織が乱れてくることから,この分裂能力の限界が原因だとする見方が生ずるし,また,体の中で置き換わることのない長寿系の細胞では,時間の経過とともに細胞の数が減少することや,代謝されない不活性物質や有害物質が蓄積して細胞の機能に変化がもたらされることが原因だとする見方も生ずる。さらには,細胞と細胞の間に存在して細胞を支え,細胞に栄養や情報を運搬し,老廃物を除去する役割を果たしている結合組織の主成分の構造タンパク質コラーゲンの繊維の間に,時の経るにしたがって架橋結合が増し,そのために組織が硬化して弾力性を失い,細胞環境を悪化させることが原因だとする見方もある。
執筆者:能村 哲郎
ヒトの老化は身体をはじめ器官の萎縮,種々の機能変化として現れる。機能変化の主要なものには,(1)予備力の減少,(2)適応力の減退,(3)防衛反応の低下,(4)回復力の低下などがある。これらの変化は,それが現れる時期や程度には個人差があるが,だれにでも共通して起こり,不可逆的に進行する。また,これらの変化は長い年月の間に徐々に進行するため,予備力の大きい壮年期には自覚されにくいが,老年期になって,予備力が低下したときに,病気によって急に臓器の機能が低下したり,身体になんらかの負担がかかったりした際に自覚されることが多い。一般に老化の影響は単純な機能よりも,いくつかの機能が組み合わされた動作や反応,また一度に多くの目的を達成しようとする行動において著しい。一方,適応力の減退や防衛反応の低下は,外界とのストレスの解消を困難なものにし,不健康に陥りやすくする。病気と老化はまったく異なった機序によるものであるが,老人の健康像は両者の相互関係によってつくられる。すなわち,老化が病気を誘発したり,病気が老化を早めたりするのである。老人に有病率が高いのはこのためである。
老化が進むと,皮膚にしみやしわが現れたり,髪が白くなったり,あるいは記憶力が減退するなど,身体や精神機能に種々の変化が現れる。例えば,30歳代の機能を100とすると,80歳代では,神経伝達速度は約85,肺活量は約50,基礎代謝は約75にそれぞれ減少する。これら身体,精神機能の変化のおもなものを挙げると次のようになる。
(1)脳の変化 脳は成熟期以後,年齢とともに萎縮する。この結果,脳の表面の回転(脳のしわ)は狭くなり,脳溝は深く,脳室は拡大する。神経細胞も脱落し,70歳代では20~30歳代の1/3が脱落するといわれる。アミロイドが沈着した老人斑が出現し,脳血管の動脈硬化が進行し,脳循環血量は減少する。これら脳の老化に伴う疾患としては,脳梗塞(こうそく)や脳出血などの脳血管障害や,パーキンソン病などの神経疾患が代表的である。
(2)循環系の変化 年齢にしたがって,心拍出量の減少がみられる。安静時では老化による影響はみられないが,心拍出量の減少によって,心臓の予備力が低下し,例えば若年者では,運動によって1分間180ぐらいまで心拍数が増えるが,60歳代になると,140が限度となる。弁も繊維化,石灰沈着が進み,弁の開閉速度は低下する。一方,血管壁の硬化も年齢とともに進行する。動脈硬化は幼児期からすでに始まっているが,老人ではいっそう進行し,種々の障害を起こしやすくなる。循環系の老化に伴う疾患としては,高血圧症,虚血性心疾患,不整脈などがある。
(3)呼吸器系の変化 肺は外界からの刺激を最も受けやすい器官の一つであり,それだけに,老化に伴う変化には個人差が大きい。一般に,肺胞の表面積は30歳代を境にして,1歳につき約4%ずつ減少し,この結果,換気量も低下する。肺胞の直径は大きくなるが深さは減少し,肺胞の形は変化する。肺胞壁も薄くなり,弾力を失い,細気管支は拡大する。肺気腫などの閉塞性肺疾患,肺結核などが代表的疾患である。
(4)消化器系の変化 まず歯の変化が挙げられる。歯肉や歯根が萎縮し,歯が抜けてくる。舌や味蕾(みらい)の萎縮も起こり,味覚も変化する。消化管運動は低下し,消化液の分泌も減少して,消化機能は減退の傾向を示す。肝臓は肝細胞の減少に伴って萎縮し,重量は70歳代には30歳代の約70%になる。ただし,一つ一つの細胞の大きさは増大する。肝臓機能そのものには大きな変化はないとされている。
(5)筋肉,骨の変化 筋肉は萎縮するが,体の部位による差や個人差が大きい。傾向としては,使わない部位の筋肉が萎縮する。筋力は50歳をすぎると明らかに低下するが,持久力は65歳ぐらいまでは変化しない。骨は老年期に入るともろくなり,骨粗鬆(こつそしよう)症になりやすくなる。関節も軟骨の消耗とそれに伴う骨の新生によって,変形する傾向が大きくなる。リウマチ性多発性筋痛症や変形性関節症などが代表的疾患である。
(6)皮膚その他の変化 脂腺,汗腺の機能低下とともに,しみ(老人性色素斑),いぼ(老人性疣贅(ゆうぜい))の出現などの変化がみられる。このほか,性腺の萎縮と機能低下,老眼による視力の低下などがみられる。
(7)老化と癌 癌による死亡は40歳代から増加し始め,50歳代以降急増する。この傾向は胃癌,肺癌,肝臓癌で著しい。これらから老化と癌の間には密接な関連があると考えられるが,そのメカニズムは現在のところ明らかではない。老化によって免疫系の機能が低下し,癌に対する監視能力が低下するためと考えられている。
(8)精神的変化 老化によって記憶能力や学習能力が低下することはよく知られた事実である。しかし,このことは直接,知的能力の低下を意味するものではない。むしろ判断力や理解力,推理力といった経験の蓄積を要するものは向上することもあり,容易に衰えるものではない。しかし知的能力については,知的活動をどれだけ続けているかによって,個人差が大きい。脳の萎縮が進行し,変性を生じると起こるのが老年認知症(老人性痴呆)である。このほか,脳血管障害による精神疾患をはじめ,老人の精神疾患の有病率は高い。これらの病変は,老人がおかれた家庭環境や社会環境によっても大きく変化する。一般に老人は離職や子の独立などによって,社会的にも心理的にも孤立化,孤独化する傾向が大きく,社会的役割や生活環境の縮小によって,欲求不満状態に陥り,自己中心的・猜疑(さいぎ)的・心気症的傾向が増大する。
以上のような,老化に伴う諸変化は,程度の差はあっても,だれにでも起こることである。老年期にあって,健康を保ち,人生の円熟期にふさわしい生活を送るためには,〈老い〉を正しく認識することがたいせつである。そして,老化の現象を正しくとらえて,無理をしない自覚的生活を送るとともに,環境との不調和を起こさないよう,周囲の人との協力で環境の改善を行うことも必要である。
→成人病 →老人医療
執筆者:佐藤 祥之
生物界を展望すると,老化は多細胞生物の特性であることに気づく。多細胞生物の体は,遺伝情報を次の世代に伝達して種属の維持をはかる生殖細胞の系列と,その個体かぎりの寿命をもつ体細胞の系列とからなり,それぞれが異なった制御方法を発達させている。単細胞生物のなかには,細菌のように年をとらずに次々と新しい2個の細胞に分裂し,限りなく生命が続くものがある。このような生物は,不適当な環境条件の中で栄養がとれなくなるとか,捕食されたり,致死的な突然変異でも起こらないかぎり,死ぬことはない。
単細胞生物のなかでも,やや複雑な細胞構造をもち,多細胞的性質を示すセンモウチュウの仲間,例えばゾウリムシなどでは,分裂を続けているとやがて繁殖力を失い,自然老化して死を招く(クローン老化)。これらの単細胞動物は,増殖能力が低下する前に2匹が接合して互いに核を交換したり,1匹の細胞の中で生殖にかかわりをもつ核が2個できて融合する有性生殖の方式をとることによって老化から免れている。
老化の起源や進化に関係があると思われる性質の一つに,遺伝子の重複,つまり二倍性がある。長寿系の単細胞生物は1組の遺伝子をもった半数体であるが,多細胞生物の体細胞はすべて2組の遺伝子をもった二倍体である。半数体と二倍体とでは,突然変異による影響の受け方が異なり,1組の遺伝子しかもたない場合は,生活機能につごうの悪い突然変異はそのまま発現するので生物の生存が危うくなるが,2組の遺伝子が存在する場合には,一方が変異を受けても表面にはすぐには発現せず,これが老化のもとになるというのである。
一方,単細胞生物から多細胞生物に進化した過程で,体を形成する細胞集団の間に役割分担が生じ,同一の個体を複製できるような遺伝情報を次の世代に伝えるように専門化された細胞群,すなわち生殖細胞が出現した。生殖細胞が生き残ることに成功すれば,体細胞が死滅しても,再びもとと同じ複製をつくり上げることが可能になったのである。こうして生殖細胞の出現が,体細胞を主とした個体の老化と寿命の限定をもたらしたと考えることができる。つまり,使い古されて能率の低下してきた体細胞を賦活して再び活力を与えるよりも,これを切り捨て,生殖細胞にのみ十分な修復機構を付与し,遺伝情報伝達専門に特殊化して種属維持にあたらせるほうが,生命保存の戦略としてエネルギー効率がよく有利であるというのである。
多細胞生物でも,多細胞動物には一般に寿命があるが,多細胞植物には一年草や二年草のように寿命のあるものと,多年草や木本類のように寿命のないようにみえるものがある。北アメリカのセコイアは樹齢4000年以上の寿命をもっているし,一年草と考えられているトマトなども,温室内で水耕栽培すると大木のように育ち,毎年花を咲かせて実をつけることができる。つまり植物では,生殖器官である花が咲き実がなり,それが地上に落ちて次の世代をつくるようになっても本体は健全で,寿命が定まっていないようにみえる。単細胞生物が多細胞生物になって生殖細胞が生じたとき,生物の運動性の有無によって2方向に進化したとみることができる。一方は,生殖細胞系の存続が確立した後,体細胞群である個体を死に追いやって種の保存をはかった動物で,他方は,体細胞がつねに根幹にあって個体を維持し,生殖細胞を個体から分離して別の個体をつくって種の繁栄をはかった植物である。
動物界では,人間を含めた哺乳類を除いて,脊椎動物の他の綱での老化現象に関する研究は少ない。無脊椎動物では加齢に伴って生殖力が低下すること以外の知見は少なく,老化は普遍的な現象ではないようにみえる。しかし,老化がみられる動物群では,いずれにも成長に限界があり,センチュウやワムシでは個体の細胞数が一定であり,昆虫類の成虫では体の組織の大部分が分裂終了細胞からなり,そのため交換不可能な部分の不可逆的な退化により老化が起こる。これに対して,はっきりした老化のみられないヒドラなどの動物群では,成長に限界がなく,組織はいつまでも更新し,細胞は絶えず入れかわっている。
老化の成因に関して,これまで数多くの説が出されている。プログラム説,エラー説,体細胞突然変異説,フリーラジカル(遊離基)説,代謝産物蓄積説,架橋結合説,すり切れ(摩耗)説,免疫異常説,ストレス説,生活代謝率説,生物時計説,神経内分泌説などがその例であるが,それぞれの対象のレベルが異なり,いずれも一長一短がある。分子,細胞のレベルでとらえたプログラム説,エラー説,架橋結合説と,システム全体としてとらえたホメオスタシス説とを概述する。
(1)プログラム説 動物の発生過程で次々に起こる分化と同じように,成熟,老化,死という不可逆的な進行はあらかじめ遺伝情報としてDNAに組み込まれたプログラムにしたがって,一定の順序で起こるように定められているという考え。生物にとって種の保存が最優先事項であるため,生殖年齢に達するまでの生存は遺伝的に保護されている。ところが,次の世代をこしらえて役目を終えた個体は,次代の若い個体にとっては限られた食物資源の競合者として,かえって有害な存在となるので,保証機構が解除されるか老化遺伝子が発現することによって,親世代の排除が行われるというのである。この説を支持する証拠として,生物の限界寿命はそれぞれの種に特有であること,ある種の生物では致死遺伝子の存在が指摘されていること,ある種の遺伝病が特定の年齢に発現すること,年をとると癌や種々の病気にかかりやすくなること,また遺伝的早老症(プロジェリアprogeria,ウェルナー症候群Werner syndrome)患者の培養細胞の寿命が正常者のものより短いことなどが挙げられ,遺伝子の中に老化や寿命を決めるか,少なくともひじょうに大きな影響をもつ因子が含まれているとする。
(2)エラー説 老化や寿命は遺伝的に決められているのではなく,生命の維持に重要な自己増殖(複製)における情報の貯蔵・伝達・発現の過程が,時間がたつにしたがって損傷を受け,まちがいを生じて,秩序が乱れてくることが老化の原因になっているという考え方。生物では,遺伝情報の貯蔵・伝達・発現は,細胞内の巨大分子であるDNA,RNA,タンパク質によってそれぞれ分担されているが,生体内には細胞を支え,栄養の流通を助ける細胞外の巨大分子も存在している。これらの分子に,時間の経過にしたがって損傷をもたらす可能性のある特異的機構には,DNAの誤り,タンパク質合成のまちがい,架橋結合形成による一般的な分子損傷がある。
DNAに放射線や紫外線があたると,傷が生じたり,鎖が切断されたりする。生物には損傷を認識して修復する酵素が存在し,寿命の長い動物ほどDNAの修復力は強い傾向がある。染色体異常の頻度が年とともに増加することからわかるように,体細胞では年とともにDNAの複製と修復の忠実度は低下し,そのためにDNAの誤りが蓄積して,徐々に正常な細胞機能が失われる(体細胞突然変異説)。生殖細胞には忠実度の高い修復機構が備わっていて,生殖細胞から体細胞系列への分化の時期に,不完全な修復機構への切替えが起こったためと推測されている。しかし生殖細胞の場合も,哺乳類では卵形成が出生前に完了しているため,人間の女性では卵が形成されてから排卵され,受精されるまでに長いものでは40年以上も卵巣の中に貯蔵されることになり,母親の出産年齢が高くなるにしたがって,第21番目の常染色体に異常のある先天性精神発育障害をもったダウン症の発生頻度が急激に増加し,生殖細胞も老化することを示す。
DNAがRNAに転写されるとき,またはRNAの情報がタンパク質に翻訳されるときにまちがいが生ずると,アミノ酸の配列順序にまちがいのある異常なタンパク質ができる。タンパク質は生物の体の中では,物質を運搬したり,構造をつくったり,生物活性をもつものもあるが,化学反応を触媒する酵素に異常が生じると,自己増幅的に,徐々に,しかも不可逆的・促進的にタンパク質合成の忠実度の破壊をもたらし,究極的にエラー・カタストロフィー(破綻(はたん))をもたらす(エラー・破綻説)。
(3)架橋結合説 生体内の重合体の側鎖間に,時間の経過とともに架橋結合が生じて分子の形を変え,生物学的作用を変化させたり,不溶化とし,細胞の内外に蓄積して細胞の機能を損なうというものである。DNA,RNA,タンパク質に架橋が形成されると,異物として認識されるため自己免疫病の原因となり,糖尿病,白内障,アルツハイマー原繊維変化,パーキンソン症候群などのもとになる。細胞と細胞のすきまを埋めて,細胞の微小環境をつくっている結合組織の主要な構成成分は,3本鎖の繊維状タンパク質のコラーゲンで,支持,補強などの機械的機能を営んでいる。結合組織には,弾力性をもった不溶性の繊維性タンパク質のエラスチンや,多糖類とタンパク質の複合体で保水性があり,栄養物や老廃物の通路となっているプロテオグリカンが含まれる。コラーゲンは,恒温動物では体温,変温動物では環境の上限温度のそれぞれより若干高い温度で変性が起こる。コラーゲン繊維の性質は年齢とともに変化し,体の成熟に伴って分子間の架橋結合が増して機械的な強度は増加し,しだいに不溶性になる。これによって,血管壁も硬くなり,弾力を失って高血圧をもたらすし,動脈壁のエラスチン繊維に脂質やカルシウムに親和性をもつタンパク質が結合して動脈硬化が起こる。しかし,架橋物質はすべて年齢とともに増加するわけではない。若い結合組織に存在するが成熟に伴って消失するもの(シッフ塩基型架橋),および成熟とともに増加し,成熟後は組織によってそのまま維持されたり減少するもの(ピリジノリン)は,生理的に重要な働きをしている。これに対して,酵素の作用なしの経時的化学反応で生成され,老齢になるほど増加するのが,老化型の架橋結合物質(ヒスチジノアラニン)で,人間のような長命種の老個体に多い。
(4)ホメオスタシス説 多細胞動物の体はかなり大きな予備能力をもっているので,少々の数の細胞が減少しても正常に機能が営まれ,それがすぐに個体の老化や死に結びつかず,生体調節機能の失調や衰えを介して初めて個体のレベルに影響が現れる。生物が,自然界にあるエントロピー増大方向の力の中で存在を続けているのは,熱力学的に安定な遺伝的指令(ゲノム)が,不安定ではあるが活発に機能する表現型から隔離され保護されているからである。生物における情報の流れは,ゲノムから表現型への一方通行で,逆方向の流れはないため,損傷をうけた表現型の各部分は遺伝的指令にしたがって交換されたり,生物体全体としてゲノムの複製を通して再生産されて,存在を維持する。生体内や細胞内は決して平衡状態にあるわけではない。とり込んだ栄養は異化・同化の代謝をうけ,代謝産物のあるものは排出される動的状態にある。生物体は系が定常状態を外れても,直ちに復元させる機構(ホメオスタシス)を備え,エントロピーの増大を抑えることにより存在しているので,この復元力が消失したり,定常状態が崩壊して,定常状態を外れることが生物の老化とみなすのが,ホメオスタシス説である。
復元力としてのホメオスタシス機構は,主として神経系と内分泌系と免疫系とによって制御されている。神経系,とくにその中枢である脳の傷害は,生活機能の正常な統合と調節を乱す。脳の神経細胞は分裂終了細胞で,生後は増殖せず,成人では1日に10万個も死滅しているといわれているが,脳の部位によって減少度は異なる。正常者では,本能や記憶に関係の深い辺縁系に老化が早く,生命そのものの維持をつかさどっている脳幹に遅い傾向がある。高齢になって神経細胞が減っても機能が保たれるのは,失われた神経細胞の機能を補う樹状突起の末端の増加などの代償機能が脳にあり,シナプスに可塑(かそ)性があるためであるが,老化した神経細胞ではこれらの余裕もあまりなく,わずかな身体や環境の状態の変化で機能しなくなる。老化した神経細胞では細胞質に褐色のリポフスチンlipofuscin(老化色素)の沈着がみられ,また病的状態では異常な繊維タンパク質が出現するアルツハイマー原繊維変化がみられる。リポフスチンは,細胞の生存に重要な代謝過程で生じた有害なフリーラジカル,過酸化脂質などを処理した不活性物質と考えられ,酸化還元反応の活発な細胞に多いが,沈着量が多くなると物理的に細胞の機能が障害される。アルツハイマー原繊維変化は,細胞質の中に架橋物質と考えられる不溶性の繊維タンパク質の出現によって細胞が繊維のみを残して消失する変化で,老年認知症をもたらす。老年認知症には,ほかにアミロイド細繊維が神経細胞のまわりに沈着して生じた老人斑によって生ずるものや,脳血管障害による脳梗塞などの変化からくる脳血管性認知症がある。
内分泌系の液性情報伝達物質はホルモンで,成長や生殖などの生物の種の保存に必要であるだけでなく,つねに変動する外部環境から生体の内部環境の恒常性を維持するのに働いている。内分泌系では,老化に伴い一定の刺激に対する内分泌細胞の応答性とホルモン分泌量の変化,標的細胞の反応性の変化などが生じて定常状態のレベルが変動し,やがてそれらの間の相関が崩れて,代謝制御が乱れる。生体の防御をつかさどる免疫系では,老化とともに細胞の増殖能が低下し,特異的抗体産生能力が低下し,免疫能の減少に伴って,自己免疫能が著しく増大するため,体の恒常性の低下をもたらす。
→寿命
執筆者:能村 哲郎
化学用語。加硫ゴムは一般に日がたつにつれて,使用しないでおいても物理的性質が低下し,表面に亀裂が生じたり,表面がべとついたり,あるいは硬化するなど,ゴム本来の性能が低下する傾向を示す。このような現象をゴムの老化という。老化の原因はきわめて複雑で,酸素,オゾン,日光,熱,機械的疲労などの要因が複雑にからみ合っておこる。その主原因は一般に酸化反応と考えられており,ゴムの種類,分子構造にも大いに関係がある。とくにゴム分子鎖中の炭素-炭素二重結合がこの酸化反応に深い関係をもち,二重結合の少ないエチレン・プロピレンゴムやブチルゴムなどは,二重結合の多い天然ゴムやスチレン・ブタジエンゴム,ブタジエンゴムなどのジエン系合成ゴムなどに比べて老化しにくい。二重結合に隣接する炭素原子に結合している水素原子は比較的反応性が高いので空気中の酸素によって酸化されてラジカル(遊離基)が発生しやすく,これに起因する分解反応や再結合反応などにより,ゴム分子鎖の切断,架橋化がおこり,これがゴムの軟化や硬化をひきおこすと考えられている。このような変質すなわち老化を防止するためにゴム製品には老化防止剤が添加されている。これらは主として酸化反応によって発生するラジカルを捕捉したり,ラジカル源となる過酸化物を安定な化合物に分解することによりラジカルの発生をおさえる働きをする。この目的のために各種アミン化合物,フェノール系化合物が使用されている。フェノール系化合物としては2,6-ジブチル-4-メチルフェノールが代表的で,ゴム以外にもプラスチック類,油脂製品などの酸化防止剤としても広く使用されている。アミン系化合物は着色する欠点があるが効果は高い。
執筆者:住江 太郎
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
出典 株式会社平凡社百科事典マイペディアについて 情報
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
出典 森北出版「化学辞典(第2版)」化学辞典 第2版について 情報
…過飽和固溶体を0℃以上の高温,たとえば100~300℃に保持すると分解が始まり,時間の経過とともに種々の析出相が現れ,それに基づいて合金の諸性質(強さ,伸び値,電気抵抗値など)が変化する。このように時間の経過に伴って性質の変化することを時効ageingといい,そのような熱処理を時効処理と称する。時効処理によって合金が硬化する場合が時効硬化age‐hardeningである。…
… これに対して利根川進らはある抗原に対する抗体を産生するように分裂・分化したリンパ球細胞は免疫グロブリン分子の可変部分に対する遺伝子DNAに関して,脱落や組換えを起こしていることを示し,大きな論議を呼んでいる。
[老化と若返り]
生物には老化ののち個体としての死がまちうけているが,それと同時に生殖細胞をつくることによって世代の若返りを行っている。一般に生物では,減数分裂を通じて形成される生殖細胞が次代の初めになるわけで,ここで若返りが起こっている。…
…アセトン可溶分は樹脂状の物質で,高級脂肪酸,ステロール(ステロイドのアルコール),ステロールエステルなどである。アセトン抽出して可溶分を取り去った天然ゴムはきわめて老化しやすいことなどから,ステロール類は天然の老化防止剤の役をしていることがわかり,自然のたくみさが感じられる。精製した生ゴムの比重は約0.91でガソリン,二硫化炭素,トルエンなどには溶解するがアルコール,アセトンなどには溶解しない。…
…材料は,熱,光,放射線,機械的摩擦,反復使用,化学薬品,微生物などの影響を受けて,変色したり,機械的強度が低下したり,亀裂を生じたり,軟化したり,もろくなったりして,ついには実用に耐えなくなることがある。このような現象を一般に劣化または老化という。劣化は,材料を構成している原子の集合体,分子およびその集合体の構造が変化し破壊されることによるもので,金属材料,無機材料,有機材料のいずれにおいても起こるが,化学反応性に比較的富む有機材料ではとくに多様な要因が複合的に働いて劣化が起こる。…
※「老化」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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