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鳥海青児 ちょうかい せいじ

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美術人名辞典の解説

鳥海青児

洋画家。神奈川県生。本名正夫。大学在学中から春陽会に出品、入選し、三岸好太郎らと麓人社を結成。春陽会賞を二年連続受賞したのち渡欧して各国を巡遊し、ゴヤ・レンブラント等に影響を受ける。帰国後は独自の風土感と重厚なマティエールによる抒情的作風で注目された。また東洋・日本美術の蒐集家としても知られた。毎日美術賞受賞、独立美術協会会員。昭和47年(1972)歿、70才。

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デジタル大辞泉の解説

ちょうかい‐せいじ〔テウカイ‐〕【鳥海青児】

[1902~1972]洋画家。神奈川の生まれ。本名、正夫。春陽会会員、のち脱会して独立美術協会会員。単純な構成、渋い色調の重厚なマチエールにより雅趣に富む画風を確立。

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百科事典マイペディアの解説

鳥海青児【ちょうかいせいじ】

洋画家。神奈川県生れ。本名正夫。関西大学経済学部卒。初め春陽会に出品,1943年独立美術協会に移った。1930年―1933年の滞欧のほか世界各地を巡遊。日本の風土に根ざした特異な画境を追求。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

鳥海青児 ちょうかい-せいじ

1902-1972 大正-昭和時代の洋画家。
明治35年3月4日生まれ。三岸(みぎし)好太郎らと麓人社を結成。岸田劉生(りゅうせい),ゴヤ,レンブラントに傾倒した。昭和18年春陽会から独立美術協会にうつる。33年「ピカドール」で現代日本美術展最優秀賞。昭和47年6月11日死去。70歳。神奈川県出身。関西大卒。本名は正夫。作品に「段々畠」など。

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世界大百科事典 第2版の解説

ちょうかいせいじ【鳥海青児】

1902‐72(明治35‐昭和47)
洋画家。神奈川県平塚市生まれる。本名正夫。関西大学在学中の1923年,第2回春陽会展に初入選し,三岸好太郎,横堀角次郎らと麓人社を結成して絵画修業にはげむ。岸田劉生の感化をうけて草土社スタイルの土着的な作品を描くが,30年に渡欧し,おもにモロッコアルジェリアに滞在,その体験とゴヤの作品に魅了されて画風を一変する。《闘牛》をはじめ滞欧作23点を33年第11回春陽会に出品。その後,38,39年に中国旅行を試み,日本の古美術に対する関心を深め,鑑識眼の高い蒐集家としても知られる。

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大辞林 第三版の解説

ちょうかいせいじ【鳥海青児】

1902~1972) 洋画家。神奈川県生まれ。本名、正夫。関西大学在学中に春陽会に入選。春陽会、のち独立美術協会に所属。単純な構成の中に重厚な味わいと気品を湛える画風をうむ。日本の油絵の一典型とみなされる。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

鳥海青児
ちょうかいせいじ
(1902―1972)

洋画家。明治35年3月4日神奈川県平塚に生まれる。本名正夫。1927年(昭和2)関西大学経済学部を卒業。在学中から春陽展に出品し、連続して春陽会賞を受けたのち、30~33年渡欧してパリを中心に各国を巡遊する。帰国して春陽会会員となるが、43年に退会して独立美術協会の会員となる。浮世絵、古美術、陶器に関心を深め、重厚な画肌と渋い彩調の雅趣で知られる。55年度(昭和30)芸術選奨文部大臣賞を受賞。58年現代日本美術展に『ピカドール』を出品して最優秀賞、翌年毎日美術賞を受ける。その間第4回サンパウロ・ビエンナーレ展に出品のほか、世界各地に取材の旅行を重ねた。昭和47年6月11日東京で没。[小倉忠夫]
『佐々木靜一解説『現代日本の美術11 鳥海青児他』(1975・集英社)』

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