日本歴史地名大系 「黒之瀬戸」の解説 黒之瀬戸くろのせど 鹿児島県:出水郡黒之瀬戸長島の南東端、東(あずま)町山門野(やまどの)と阿久根市脇本(わきもと)(近世には西目村を称していた)との間の海峡。長さは約六キロで、北の八代海と南の東シナ海とを結ぶ。幅は最も狭い山門野の火(ひ)ノ浦(うら)と脇本の梶折鼻(かじおればな)との間で約三五〇メートルと狭く、潮速は最高時で一二ノットにも達する。古くから潮流の速い航海の難所として知られ、九州地方の船乗りたちは「一じゃ玄海、二じゃ千々石灘(あるいは鳴門とも)、三じゃ薩摩の黒之瀬戸」といって恐れた。文政一一年(一八二八)鹿児島に下った大坂天満(てんま)の商人高木善助も「薩陽往返記事」で「舟行大切の所にて、潮勢縦横の急流懸泉の如く、見るに恐ろし。九州三瀬戸の中にも急流なり」と記している。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by
日本大百科全書(ニッポニカ) 「黒之瀬戸」の意味・わかりやすい解説 黒之瀬戸くろのせと 鹿児島県北西部の阿久根市(あくねし)黒之浜と長島との間にある最狭部約350メートルの海峡。八代海(やつしろかい)(不知火(しらぬい)海)と東シナ海を結ぶ。潮の干満によって、最大8ノットの潮流が渦音をたて両海へ出入りする。1974年(昭和49)の黒之瀬戸大橋の開通前は県営フェリーボートで渡島した。500メートルの架橋により陸続きとなった。長島の西端蔵之元港から天草(あまくさ)市牛深(うしぶか)へのフェリーボートが発着し、天草観光ルートの一部をなす。[塚田公彦][参照項目] | 阿久根(市) | 長島 出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例 Sponserd by
ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「黒之瀬戸」の意味・わかりやすい解説 黒之瀬戸くろのせと 鹿児島県北西部,阿久根市黒之浜と長島の間の瀬戸。八代海と東シナ海を結び,潮流の速さで知られる。幅は最狭部でわずか 300mで,従来はフェリーで往来していたが,1974年黒之瀬戸大橋が完成した。 出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報 Sponserd by