日本歴史地名大系 「龍穏寺」の解説
龍穏寺
りゆうおんじ
〔創建〕
天文一二年(一五四三)に節庵によって記された長昌山龍穏寺境地因縁記(寺蔵文書)によれば、龍ヶ谷の地は平安時代天台宗慈光寺(現都幾川村)系の修験者によって開かれ、古くは堂宇
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
天文一二年(一五四三)に節庵によって記された長昌山龍穏寺境地因縁記(寺蔵文書)によれば、龍ヶ谷の地は平安時代天台宗慈光寺(現都幾川村)系の修験者によって開かれ、古くは堂宇
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