肥前忠吉(初代)(読み)ひぜん ただよし

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「肥前忠吉(初代)」の解説

肥前忠吉(初代) ひぜん-ただよし

1572-1632 織豊-江戸時代前期の刀工
元亀(げんき)3年生まれ。肥前佐賀藩工となり,京都の埋忠明寿(うめただ-みょうじゅ)にまなぶ。元和(げんな)10年武蔵大掾(むさしのだいじょう)をさずけられ忠広と改名。直刃(すぐは)を得意とした。寛永9年8月15日死去。61歳。姓は橋本通称新左衛門

肥前忠吉(2代) ひぜん-ただよし

1614-1693 江戸時代前期の刀工。
慶長19年生まれ。初代肥前忠吉の長男。肥前佐賀藩の御用刀工。寛永9年父の没後,忠広をつぐ。18年近江大掾(おうみのだいじょう)をさずかる。作刀には「肥前国近江大掾藤原忠広」の銘がきってある。元禄(げんろく)6年5月28日死去。80歳。通称は平作郎。

肥前忠吉(3代) ひぜん-ただよし

1637-1686 江戸時代前期の刀工。
寛永14年生まれ。2代肥前忠吉の子。肥前佐賀藩の御用刀工。万治(まんじ)3年陸奥大掾(むつのだいじょう)をさずけられ,のち陸奥守(かみ)となった。貞享(じょうきょう)3年1月2日死去。50歳。通称は新三郎。

肥前忠吉(8代) ひぜん-ただよし

1801-1859 江戸時代後期の刀工。
享和元年生まれ。古川松根の兄。7代忠吉の養子となり,8代をつぐ。肥前刀中興の祖といわれ,佐賀藩の大砲製造にもつくした。安政6年5月26日死去。59歳。通称は新左衛門。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

世界大百科事典(旧版)内の肥前忠吉(初代)の言及

【埋忠明寿】より

…刀剣においては刀身に玉追竜や不動明王などの図様を彫り,前時代にはない新生面をみせる。また門下に肥前忠吉,安芸輝広らの逸材を出して,新刀(桃山時代以降の刀)の祖といわれている。短刀に傑作が多い。…

※「肥前忠吉(初代)」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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