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U2型機事件 ユーにがたきじけん

百科事典マイペディアの解説

U2型機事件【ユーにがたきじけん】

1960年,米国偵察機U2型機がソ連領空を侵犯,ソ連がこれを撃墜した事件。飛行士パワーズは逮捕され,スパイ飛行を自白。ソ連は米国に強く抗議,予定されていた米英仏ソ首脳会談は中止され,米ソの平和共存の動きは急速に冷却化し,冷戦の危機が再び発生した。

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世界大百科事典 第2版の解説

ユーにがたきじけん【U2型機事件】

1960年領空侵犯のアメリカのU2型機をソ連が撃墜した事件。アメリカは1956年以来,技術的優位を背景にソ連の非公式の抗議を無視してソ連領空でのスパイ飛行を続けていたが,60年5月1日,秘密偵察機U2型がソ連のミサイルに撃墜され,パイロットが捕虜となった。ソ連首相フルシチョフはアメリカの謝罪とスパイ飛行の中止を要求したが,アメリカは当初スパイ飛行の事実を否定,その後パイロットの生存が確認されると,安全保障上不可欠だとしてこれを正当化した。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

U2型機事件
ゆーにがたきじけん

1960年5月1日、アメリカの高性能偵察機U2型機が情報収集のため高高度でソ連領空に侵入し、ソ連によって撃墜された事件。操縦士パワーズは逮捕され、飛行目的がスパイ行為であったことを自白した。ソ連の発表に対しアメリカもこの事実を認め、過去4年にわたって同種の飛行が行われてきたことを明らかにした。事件は、5月16日から5年ぶりに開催されることになっていたアメリカ、イギリス、ソ連、フランスの東西首脳会談の直前に起きたため、ソ連首相フルシチョフはアメリカに対しスパイ飛行の中止の約束、陳謝、責任者の処罰を求め、それなくしては本会談を開始できないと主張した。そのため結局首脳会談は開会に至らず、東西の緊張関係はいっそう深刻化した。[石本泰雄]

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世界大百科事典内のU2型機事件の言及

【偵察機】より

…初期の偵察機はおもに肉眼で前線の状況や,射撃の弾着の観測を行うものであったが,現在の偵察機は写真・電子偵察を主任務として武装されている。 第2次大戦後,偵察機の存在を世に知らしめたのは,1960年5月1日にソ連領内で偵察飛行中のアメリカ空軍のロッキードU2が撃墜されて操縦士が捕虜となった〈U2型機事件〉であった。U2はアメリカ空軍とCIAが,1957年のソ連のICBM発射成功を背景に戦略偵察用に採用した機体で,55機が製造された。…

【冷戦】より

…ベルリンをめぐる紛争の処理に関してジュネーブ外相会談が1959年5~8月開かれ交渉の気運が生まれ,9月には米ソ首脳会談(キャンプ・デービッド会談)が開かれた(キャンプ・デービッド合意)。それに続いて4国首脳会談が60年5月開催されることになったが,その直前アメリカの偵察機がソ連上空で撃墜されるという事件(U2型機事件)が起こり危機が再び発生し,会談は開催されないまま幕を閉じた。その夏にはコンゴでの内乱をめぐってソ連と西側が対立した。…

※「U2型機事件」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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