内科学 第10版 「WDHA症候群」の解説
WDHA症候群(膵神経内分泌腫瘍)
概念
WDHA(watery diarrhea hypokalemia achlorhydria)症候群はvasoactive intestinal polypeptide (VIP)産生腫瘍に由来する重篤な水様下痢,低カリウム血症,無(低)胃酸症を呈する疾患で,Verner-Morrison症候群,VIPomaと同義語である.成人では膵神経内分泌腫瘍として発症するが,小児では大部分が膵外(副腎,縦隔など)に生じる神経芽腫,神経節腫,神経節芽腫に由来する.
疫学
本症はまれな疾患で頻度は膵神経内分泌腫瘍の1〜2%である.成人ではVIP産生腫瘍の約90%が膵に発生し,膵頭部に比べて膵体尾部に多い.診断時の平均腫瘍径は約5 cmと比較的大きいものが多く,40〜70%が悪性である.
病態
VIPは1970年にブタの小腸から抽出されたペプチドホルモンで,アミノ酸構造がセクレチンと類似していることから,グルカゴンと同様にセクレチンファミリーに分類される.VIPは神経細胞に存在し,腸管の神経系に広く分布し,G蛋白を介してアデニルシクラーゼを活性化することによって作用を生じる.消化器系に作用すると,腸液,胆汁,膵液の分泌が亢進し,大量の水分や電解質が分泌され,腸管の吸収低下も生じて水様下痢を生じる.また,大量のカリウムと炭酸水素イオンが腸管より分泌され,水様下痢とともに排泄されて低カリウム血症と代謝性アシドーシスを起こす.VIPはセクレチンと同様に胃酸分泌抑制作用があり,無酸症あるいは低酸症を呈することがある.高カルシウム血症は本症の約半数に認められるがその発生機序は明らかではなく,MEN I型の副甲状腺機能亢進症に起因する可能性もある.
臨床症状
下痢は1日に数Lにも及ぶ大量の水様下痢で,腸管運動低下のために下痢の回数は少ないが,便臭の少ない尿のような多量の下痢をするのが特徴である.低カリウム血症による筋力低下や心電図異常のほか,体重減少,皮膚の紅潮などがみられる.
診断
大量の水様下痢が3週間以上持続するような場合は本症を強く疑う.低カリウム血症は頻度が高く,高クロール性代謝性アシドーシスとなる.一般に下痢では便中にカルシウムが喪失するために低カルシウム血症になるが,本症では高カルシウム血症となり鑑別診断に役立つ.胃液検査にて無酸症あるは低酸症を呈するが,しばしば正常であることもある.
血中モルモン濃度の測定として,健常人の空腹時血中VIP濃度は100 pg/mL以下であるのに対して,本症の血中VIP濃度は少なくとも200 pg/mL以上で,大多数で500 pg/mL以上の高値である.本症候群を呈する膵外腫瘍では高率に尿中カテコールアミン濃度が上昇する.[局在診断,治療は【⇨(1)Zollinger-Ellison症候群の局在診断,治療】][清水京子・白鳥敬子]
■文献
Imamura M, Takahashi K, et al: Usefulness of selective arterial secretin injection test for localization of gastrinoma in the Zollinger-Ellison syndrome. Ann Surg, 205: 230, 1987.
Raymond E, Dahan L, et al: Sunitinib malate for the treatment of pancreatic neuroendocrine tumors. N Engl J Med, 364: 501-513, 2011.
Yao JC, Shah MH, et al: Everolimus for advanced pancreatic neuroendocrine tumors. N Engl J Med, 364: 514-523, 2011.
出典 内科学 第10版内科学 第10版について 情報