NPMと大学改革(読み)エヌピーエムとだいがくかいかく

大学事典 「NPMと大学改革」の解説

NPMと大学改革
エヌピーエムとだいがくかいかく

NPMによる公共経営改革]

1980年代以降,イギリスニュージーランド等のアングロサクソン諸国を中心に,小さな政府理念を掲げ,行政が担ってきた公共サービス分野民間企業的な手法や理念を導入しようとする動きがみられるようになった。この動きは北欧諸国やオランダなど多くの国に波及して世界的な潮流となり,一般に新公共経営(New Public Management: NPM)と呼ばれている。

 NPMは体系的な理論に基づき展開してきたものではなく,行政改革の実践の中で実務家が開発したさまざまな手法をあとから分析して作られた概念であり,厳密な定義が難しい面があるが,おもなキーワードとしては,旧来の行政管理(administration)から民間企業的な経営(management)への転換,市場メカニズムの導入,民営化(privatization),規制緩和,公共サービスへの契約的手法の導入,企画立案および監督・監視を担う政府とサービス執行者の分離,現場への裁量の付与と業績・成果による統御業績評価制度の整備,アカウンタビリティの重視,行政組織の簡素化・フラット化,公共サービスの享受者たる国民を顧客とみなし,その満足度や選択肢の増大を追求する顧客主義の導入,投入する資金に見合った価値を求めるバリュー・フォー・マネー(Value For Money: VFM)の考え方等を挙げることができる。

 日本でもNPMの考え方は,1980年代の第2次臨時行政調査会答申に基づく国鉄や三公社の民営化の中に共通するものがみられ,90年代後半の中央省庁改革と独立行政法人制度創設,政策評価の制度化,PFI(Private Finance Initiative: プライベート・ファイナンス・イニシアティブ)導入等の流れの中で浸透するに至った。2000年代以降の小泉純一郎政権下における構造改革路線(日本)もこの流れの延長線上にある。

[NPMと国立大学

ヨーロッパなどでは多くの大学が国(州)立であるため,公共セクターの改革手法であるNPMの動きは,大学のあり方をめぐる議論にも影響を与えており,大学の自律性と責任の拡大,政府と大学の契約等による目標管理,使途を特定しない一括交付金による公費支出,研究資金獲得等における大学間競争の促進,学長の権限強化と教授団の役割の限定によるガバナンス改革,学外のステークホルダーの経営参加,大学評価制度の拡充,情報公開推進等によるアカウンタビリティ強化など,NPMの考え方に基づく国(州)立大学改革が推進されている。グローバル化の進展により国際的な競争が激化する中,各大学も急激な環境変化に対応し生き残りを図るため,戦略的な経営を可能にするNPM的手法を取り入れる必要に迫られているといえる。

 大学改革(NPM)がNPM的であるかどうかを判断する指標として,E. ファーリー,E.らの研究(Ferlie, E. et al., 2009)は,①市場重視の改革:学生や研究資金の獲得における競争原理の導入,私立学校の参入促進等,②「ソフトな予算制約(soft budgetary constraints)(安易な事後的救済等による本来の予算制約の機能不全)の是正:国の政策における予算コントロール強化,効率化とVFMの強調,サービスの商品化,③業績の重視:業績の測定,評価,モニタリングの手法の高度化,④高い業績を上げた機関への資金の集中,⑤目標による管理や契約に基づく政府の大学統御,⑥ガバナンスの改革:学長の権限強化と経済界からの人材調達,学長等の管理職のポストの選挙による選出から任命への移行,教員組織や労働組合の役割の縮小,⑦学長,学部長等におけるマネジメントの役割の重視,⑧成果型報酬の拡大といった項目を挙げている。

フランス・ドイツの事例]

フランスの大学やドイツの大学では,教員団の学内自治と政府の統制が強固であり,NPMの考え方の浸透に時間を要したとされる。しかし最近になってフランスでは,NPM的手法を用いた改革が進められており,2001年の予算組織法(フランス)(LOLF)によって,事後の業績評価を通じて予算管理における透明性確保を目指す新たな予算制度が国立大学にも導入されたのに続き,2006年の研究計画法により高等教育研究機関の機関評価制度が整備された。サルコジ政権下の2007年には,NPM的色彩の濃い「大学の自由と責任に関する法律(フランス)」(Loi n°2007-1199 du 10 août 2007 relative aux libertés et responsabilités des universités: LRU)が制定され,学長の権限強化や合議制意思決定機関の審議迅速化によるガバナンス体制の変更等が行われた。LRUを新自由主義的として批判してきた社会党のオランド政権成立後,2013年の高等教育研究法(フランス)(Loi n°2013-660 du 22 juillet 2013 relative à l' enseignement supérieur et à la recherche: ESR)により,一部見直しが行われたが,大学の自律性と責任の拡大というLRUの基本的な方向性が抜本的に変更されたわけではないとみられている。

 ドイツの大学でも,各州により制度が異なるが,一般的傾向として各大学への権限委譲により自律性の拡大が図られる一方,学内のガバナンスにおいては学長等の執行機関の権限が強化されている。2006年からは,連邦政府による大学の構造改革プログラム「エクセレンス・イニシアティブ(ドイツ)(Exzellenzinitiative)」により,大学間の競争を促してエリート大学を創出し,ドイツの大学の国際競争力を強化するプログラムが実施された。また近年,ニーダーザクセン州のように,一部の州立大学を財団立大学へ転換する例や,バーデン・ヴュルテンベルク州のように,2005年5月の学術審議会(ドイツ)(Wissenschaftsrat)の提言等を受けて,教授任命の権限を州教育担当大臣から各大学の学長に変更する例がみられるが,これらは大学の自律性拡大の動きと捉えることができる。バイエルン州のように,学外有識者を含む大学評議会(ドイツ)(Hochschulrat)に人事,学則の制定・改正等の決定権限の一部を付与する例も出てきており,学外のステークホルダーの大学経営参加の仕組みも整備されつつある。

[日本の国立大学法人とNPM]

日本の国立大学法人化(日本)も,大学の自律性・自主性と責任を拡大し,大学の使命遂行に向けて効率的運営を図ろうとするものであり,以上のようなNPM導入の流れの中に位置付けることができる。国立大学法人制度の下では,中期目標・中期計画(日本)という政府と大学の間の一種の契約に基づき目標による管理が行われる。運営費交付金として使途に制約のない資金が大学に一括交付される一方で,大学の業績は国立大学法人評価委員会(日本)により事後的に評価されるほか,教育・研究面の業績については,大学改革支援・学位授与機構(日本)からも評価される。学長は大学と法人の長を兼ねて強力な権限を与えられ,強いリーダーシップと経営手腕の発揮を期待される。学外のステークホルダーが経営協議会や学長選考会議に参加し,意思決定の透明性の確保とアカウンタビリティの向上に貢献する。教職員は非公務員化され,弾力的な人事が可能になり,最近では成果報酬制(年俸制)拡大やクロスアポイントメント制度(研究者等が複数の機関と雇用契約を締結し,各機関において常勤職員の身分を有しつつ研究・教育等の業務に従事,それぞれから給与の支払いを受けることを可能とする制度。混合給与制度ともいう)導入のような人事給与システム改革の方針が打ち出されている。

 以上は諸外国の大学改革と共通する動きであり,NPMと親和性の高い手法を多数取り入れていることが分かる。日本の国立大学法人化は,形態・制度としては大学改革の国際的標準に近いという指摘もなされている。

 一方で,大学では個々の教員や学科の意思決定を尊重する「同僚制(collegium)」の組織文化が存在し,合意形成を重視する管理運営手法が伝統的にとられてきた。このため,表面的に制度を変更しただけでは実際の改革につながらない例もフランスやドイツではみられる。インフォーマルな組織文化がガバナンスに及ぼす影響も看過し得ないことに留意すべきであろう。
著者: 寺倉憲一

参考文献: Evan Ferlie et al., “The Governance of Higher Education Systems: A Public Management Perspective,” in C. Paradeiseet al.(eds.), University Governance-Western European Comparative Perspectives-, Dordrecht: Springer Science+Business Media B.V., 2009.

参考文献: 寺倉憲一「大学のガバナンス改革をめぐる国際的動向―主要国の状況と我が国への示唆」『レファレンス』766号,2014.11.

出典 平凡社「大学事典」大学事典について 情報

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