フランスで文学者のうち,特に人間の生き方を観察,描写して,人間の道徳的あり方を反省する作家を指して用いられる呼称。しかしより狭義には,エッセー,断章,格言等の比較的自由で短い表現形式で人間に関する省察を書き残した,作家・詩人でも劇作家でも小説家でもなく,また哲学者にも宗教家にも分類できない作家を指して用いられる。モラリストという語がこの意味で広く使われるようになったのは,19世紀になってからであり,リトレの《フランス語辞典》(1863-73)は,モラリストを〈ムルスmoeursを取り扱う作家〉と規定している。ムルスとは,ある社会の風俗・慣習ないし慣行を総括して指すと同時に,個人の次元における生活上の習慣,とくに善悪の実践という観点からみた習慣,つまり品行を指す語である。またモラルmorale(道徳)という語はムルスに由来し,モラリストはモラルの派生語である。しかしモラリストは自らの信奉する倫理規範を高く掲げ,それに従って人間のふるまいの善悪を裁断する道徳家ではない。最終的には当為としての倫理に強烈な関心を寄せているにしても,彼はそれを表面には出さず,具体的な生活の場における人間の行動とその動機を観察,分析することによって,人間精神のあり方を探究する。したがって教訓的意図がある場合でも,徳目を並べたり理想的人間を提示するよりは,むしろ現実のあるがままの人間の描写に意を注ぐ。だからこそモラリスト文学においては心理分析が重要な役割を果たし,また表現面では人間の性格を巧みに素描する〈肖像〉,さらには風刺がしばしば愛用されるのである。
モラリストの名称は,フランス文学以外でもたとえばプルタルコス,セネカ等の古典古代の人生論の著者に適用されることがあるが,通例は16~18世紀フランスに輩出したモンテーニュ,パスカル,ラ・ロシュフーコー,ラ・ブリュイエール,ボーブナルグ,シャンフォールR.de Chamfort,ジュベールJ.Joubert等がその代表的存在とされる。しかしフランス文学は一般に人間性の探究に大きな力を注いできたので,その多くの作家は程度の差はあれモラリスト的傾向を有していると言える。そこから詩人であれ劇作家であれ小説家であれ哲学者であれ,人間観察と心理分析に重きをおいた作家は,古典主義時代のモリエールやラ・フォンテーヌから20世紀のアラン,A.ジッド,カミュにいたるまで,しばしばモラリストの名が冠せられることになる。
執筆者:塩川 徹也
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モラリストというのはフランス文学だけが使う、ある作家たちの傾向の総称で、この語は17世紀から使い始められた。その当時この語は、「現実の人間とか、社会などをあるがままに観察して、人間性とか風俗習慣などについてさまざまな考察を加えて、これを圧縮された、鋭利な文章にまとめ上げていく作家たち」に対して適用され、16世紀のモンテーニュ、17世紀のパスカル、ラ・ロシュフコー、ラ・ブリュイエールなどが、この範疇(はんちゅう)に属するものとされた。そしてその後さらにフランス文学は18世紀にはボーブナルグ、シャンフォール、19世紀にはジューベールJoseph Joubert(1754―1824)などのモラリストを生んでいる。
しかし以上の分類は狭義のモラリストであり、今日ではさらに拡大して解釈され、フランス文学のなかで、とくに人間研究や心理探究に強い関心を示した批評家や小説家にまでも適用され、しばしば18世紀のモンテスキュー、19世紀のサント・ブーブ、メーヌ・ド・ビランMaine de Biran(1766―1824)、20世紀のジッド、バレリー、アラン、カミュなどまでも、モラリスト的な作家であるとか、モラリストであるといわれる。したがって、もっともモラリストから遠い作家ということを考えるときには、ロマン派の作家や、叙情詩人などの名が浮かんでくるのである。
それでは狭義のモラリストたちは、どのような形で彼らの思想を発表したかというと、彼らは一般に小説とか詩のような形をとらないで、随想、箴言(しんげん)、格言、省察、肖像(性格描写)などの形で表現している。たとえばパスカルのなかには次のようなことばがある。「われわれの悲惨を慰めてくれる唯一のものは、気晴らしである。とはいえ、それこそ、われわれの悲惨のうちでの最大の悲惨である。なぜなら、われわれに自己自身のことを考えないようにさせ、われわれを知らず知らずのうちに滅びに至らせるものは、主としてそれであるからである」。またラ・ロシュフコーは、「美徳は、川が海の中に消え去るように、利害打算の中に消え去る」といっている。
[土居寛之]
『ストロウスキー著、森有正・土居寛之訳『フランスの智慧』(1951・岩波書店)』▽『大塚幸男著『フランスのモラリストたち』(1967・白水社)』
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…その漢語の原義からすれば,〈徳〉は〈得〉に通じ心に得るものと解され,転じて人間の品性が人の道にかなったあり方に仕上げられ高められてあることを意味する。その限りでは,18世紀イギリスのモラリストたちが重視した仁愛benevolenceが最も基本的な徳である。一般的にいえば,人間が単なる動物的存在から脱して,動物的でもあるが同時に理性的でもあるという真の人間らしさ,人間としての優秀性を体得している状態が徳である。…
※「モラリスト」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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