中筋(読み)なかすじ

日本歴史地名大系 「中筋」の解説

中筋
なかすじ

太田おおた川の支流西宗にしむね川の流域に広がる現豊平町域の大部分をいう。太田川の上流に位置する太田筋と、石見浜田路沿いを中心として展開する口筋くちすじの間に挟まれる。近世初頭、可部かべ(現広島市安佐北区)から都志見つしみ庄原しようばらに達する年貢運搬道として庄原路が開通したことから、この地方をまとめて中筋とよぶようになったと思われる。

元和五年(一六一九)の安芸国知行帳にみえる西宗・中原なかばら・辻見(都志見)戸谷とだに長左佐ながささ(長笹)吉木よしき今吉田いまよしだ阿坂あざかの八ヵ村を範囲としている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「中筋」の意味・わかりやすい解説

中筋
なかすじ

大阪の地歌箏曲の芸系。盲官名または芸名の姓の最初に「中」の字のつく系統。狭義には中川検校を中心とする伝承をいうが,広義には菊筋中の中島検校 (?~1859) 系も含まれ,津山検校,豊賀検校などの系統や,楯筋の系統も総合して考えられ,必ずしも「中」の字がつくとはかぎらない。三弦の伝承は菊筋の流れをくみ,野川流に属するが,箏曲の伝承は市浦検校系の新生田流を伝える点が特色。中川姓は1世津山検校慶之一の勾当名から始り,3世中川は2世市浦門下ともいわれ,菊橋検校から三弦の伝授を受けた2世津山改め豊賀の門からは,3世津山,岡崎検校,2世豊賀,楯井勾当,4世中川が出ており,九州の寺崎検校もこの門下といわれる。4世中川門からは「中」の字を冠する者が多く出て,こののち中出,中沢,楯井門下ともいわれる中岡などが5~7世中川を継ぎ,中岡門下の中田信次 (1876~1929,1891三弦伝授) が8世中川となり,その門下に中田清吟,中俊春調改め9世中川 (1891~ ) がある。2世津山門下の岡崎は4世津山はじめ,4世中川門の中沢,中宮,中木,中平らに三弦伝授を行い,なかでも中平福之都こと杉本平吉は『明治校正歌曲温習考』 (1885) などの編集に参加し,大阪の地箏曲復興に努めた。正派の中島雅楽之都の師でもある。

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世界大百科事典(旧版)内の中筋の言及

【楯山登】より

…代表曲に《時鳥(ほととぎす)の曲》《金剛石》がある。門下に楯繁一栄(1886‐1973),楯城護(1904‐84)がおり,大阪における地歌・箏曲の伝承系統の一つである中筋の一派である楯筋の芸系を継承している。【久保田 敏子】。…

※「中筋」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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