国家の本質・起源・目的・機能、国家の変革・崩壊・消滅、国家と社会あるいは国家と個人の関係などを主たる考察の対象とする理論。したがって、なんらかの政治組織を有する社会にはつねに国家論が存在したことは、古代ギリシアの都市国家時代に、プラトンの『国家』、アリストテレスの『アテナイ人の国制』『政治学』が現れたことからもわかる。しかし、本格的な国家論が登場したのは、近代国家が生誕した17、18世紀の市民革命期以後のことであろう。そして、この国家論は、とくに、19世紀後半以降、国家の変革・革命・崩壊・消滅などを問題とする社会主義、マルクス主義、アナキズムなどが登場するなかで政治・経済学の中心テーマとなった。
近代国家に関する最初の国家論は、ホッブズ、ロック、ルソーなどの社会契約説にみられる。ここでは、権力の基礎は国民の同意に基づく、また国家や政府の設立の目的は国民の生命・自由・財産の保護にある、そして国家の機能については、経済における自由放任主義を前提として、国家の役割は最小限の治安と国防にあり、国民の経済活動には介入しないのをよしとする「夜警国家観」がとられた。また国家と社会、国家と個人の関係については、国家形成以前の社会生活において人間が有していたとされる個人の自由や生命の安全を第一義的に重視することが説かれ、悪法・悪政には抵抗し、場合によっては政府や国家を変更・解体することもありうる、という国民主権的立場が強調されている。この意味で社会契約的国家論は、国民主権主義、基本的人権の尊重、法の支配を基調とする現代民主主義国家の理論モデルとなったものといえよう。
これに対し、イギリスやフランスなどよりも1、2世紀遅れて近代国家を形成したドイツや日本では、富国強兵策がとられ、それとの関連で、国家の個人に対する優位、また国家の利益のためには個人の自由や利益は制限されてもやむなし、とする国家観が説かれた。すなわち、ドイツでは、国家生活において人間は最高度の自由を享受できるとするヘーゲルの国家観が支配的地位を占め、また歴史の各時代には「世界精神」を実現する民族が出現し、それがゲルマン民族であるというヘーゲルの歴史観は、ドイツ民族は他民族を支配する権利をもつという理論となり、またこのゲルマン民族の優秀性という考え方は、のちにナチス第三帝国による世界支配の理論的根拠となる。ところで、ドイツでも19世紀末に立憲君主制の時代になると、ラーバント、ゲルバー、イェリネックらにより「国家有機体説」「国家主権論」「国家法人説」などが唱えられたが、これは、絶対君主論もとれず、さりとて国民主権論もとれない、民主主義的に不徹底な当時のドイツの政治状況を反映したもので、ドイツにおいて国民主権主義が憲法において明記されるのは、第一次世界大戦後のワイマール共和国の出現までまたねばならない。一方、日本では、天皇の神聖不可侵性に結び付いた神国日本の観念によって大和(やまと)民族の優秀性と他民族支配の正当性が早くから説かれ、また「家族国家観」と天皇主権主義を基調とする明治憲法体制下においては、天皇や国家に対する忠誠義務が最優先され、個人の利益や自由は、国家目的のためには犠牲にされる、という考え方が一般化され、1930年代以降、数々の侵略行為や戦争手段に訴え、敗戦という悲惨な結果を招くことになった。
ところで、資本主義の急激な発展により周期的に発生する恐慌やそれに伴う貧困・失業などの社会・労働問題が顕在化してくるなかで、資本主義国家においても19世紀末ごろから、弱者救済のために国家は積極的に施策すべし、という「福祉国家観」が登場した。数々の社会政策、労働立法、また社会保障制度の拡充などがそれである。さらに、1929年の世界大恐慌以後、経済の安定と成長を確保するために、各国家は、ケインズ理論の影響なども受けて、経済の分野にも介入する度合いを強め、いわゆる「混合経済」といわれる新しい政治・経済状況が出現し、現代国家はほとんどこの「介入主義」によって政治・経済の運営を行っている。なお、マルクス主義の立場からは、こうした「混合経済」を「国家独占資本主義」としてとらえ、国家権力の拡大化による資本主義の延命策と搾取の強化であると批判している。
さて、20世紀に入って、とくに第一次大戦後、イタリア、ドイツ、日本に新しいファシズム運動が起こり、1930年代にはファシズム国家が成立し、また1917年にはロシアに世界史上初めて社会主義国家が誕生した。イタリア、ドイツなどのファシズム国家は、初めは大戦後の未曽有(みぞう)の経済的危機を乗り切るために、世界大恐慌後には、経済的発展と資源の獲得を求めて植民地再分割を目ざす戦争を準備するために、全国民を国家目的の遂行に動員すべく、いっさいの人権と自由を抑圧し、政治に経済を従属させる独裁国家を形成した。しかし、これらの国家は第二次大戦の敗北によって崩壊した。次に社会主義国家は、資本主義の矛盾は私有財産制を基礎とする生産手段の私有にありとし、生産手段の国有化を主張するマルクスの理論を実践して誕生したもので、ここでは、国家は資本家階級の支配のための道具とみなされ、労資の階級対立が消滅したときには、階級抑圧的性格をもつ国家は廃絶されるべきである、という国家死滅論をとっている。今日、この地球上には中国、ベトナム、北朝鮮、キューバなどの社会主義国家が存在するが、国家なき共産主義社会の実現にまでは到達していない。
最後に、現代世界においては、100か国近い発展途上国とよばれる新興独立国家が誕生し、経済の自立化と政治的安定を求めて国家経営に努力しているが、依然として、先進諸国と途上国の間の格差は縮まっていないし、その格差はかえって拡大しつつある状況にすらある。この意味では、国際的視点から国家論を組み立てる作業が今後ともますます重要になるものと思われる。
[田中 浩]
『ミリバンド著、田口富久治訳『現代資本主義国家論』(1970・未来社)』▽『『講座現代資本主義国家』全4巻(1980・大月書店)』▽『田中浩著『近代政治思想史』(1995・講談社)』
16世紀フランスの思想家ジャン・ボーダンの主著。全6巻。近代主権論を最初に定式化した作品として有名。フランス語版は1576年、ラテン語版は1586年刊行。ボーダンは国家と他の社会体とを区別するものとして「絶対的かつ永続的権力」としての主権を導入し、それによって外部の権力者や臣下によって拘束されることのない主権者の絶対権力を擁護した。主権のなかには立法権、外交権、課税権、人事権、裁判権などが含まれている。主権の目的は安全と平和を回復することにあり、当時宗教戦争の渦中の国々にとってその回復は切実であった。ボーダンはまず主権によって秩序を回復し、そのうえで正義にかなった統治を実現しようとしたのである。
[佐々木毅]
出典 旺文社世界史事典 三訂版旺文社世界史事典 三訂版について 情報
…
[階級国家観]
国家を階級抑圧の機関であるとみなす立場である。この理論はおもにマルクス主義の国家論として展開されてきた。マルクス主義によれば,生産力が増大するに従って,あらゆる社会には階級対立が発生するが,それとともに社会に必要な共同事務の遂行を果たす公権力は,その社会機能と同時に,支配階級による被支配階級の抑圧という政治的機能を果たすことになる。…
… 周知のようにマルクスは,資本制経済が,不均衡の不断の累積とその必然的結果としての恐慌の発生,そしてその循環の過程であることを鋭く明確に指摘した最初の人である。他方で彼は,下部構造と上部構造の関係,さらに階級闘争の理論を骨子とする国家論を構想し,国家が幻想上の普遍的利害を標榜(ひようぼう)して個別利害に制御と干渉を加え,体制の維持を図っていくことを見通した。ここにマルクス独自の,政治と経済を一貫した国家の役割把握の視角をみることができる。…
…近代国家の基本的構成要素として,それに帰属させられてきた最高権力の概念。フランスの法学者J.ボーダンがその《国家論》(1576)において最初に用いたとされる。〈主権とは国家の絶対的かつ永続的権力である〉という彼の定義が示すように,主権は中世ヨーロッパの秩序を打ち破って領域国家を形成した絶対王政の自己主張として,多分に論争的な概念であった。…
…彼は《歴史を容易に理解するための方法Methodus ad facilem historiarum cognitionem》(1566)においてみずからの学問の構想を述べているが,それは政治学,法学,倫理学に限らず,自然学,神学に及ぶ一大体系を志すものであった。《国家論Les six livres de la république》(1576)は主権という新しい概念を取り込んで国家論を展開したものとして,政治学,法学の古典となっている。それは宗教戦争によって解体にしたフランスの現状をぬきにしては考えられない作品でもあった。…
※「国家論」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
宇宙事業会社スペースワンが開発した小型ロケット。固体燃料の3段式で、宇宙航空研究開発機構(JAXA)が開発を進めるイプシロンSよりもさらに小さい。スペースワンは契約から打ち上げまでの期間で世界最短を...
12/17 日本大百科全書(ニッポニカ)を更新
11/21 日本大百科全書(ニッポニカ)を更新
10/29 小学館の図鑑NEO[新版]動物を追加
10/22 デジタル大辞泉を更新
10/22 デジタル大辞泉プラスを更新