道徳原則や法原則,さらに個別的な実践的諸問題についてのわれわれの態度決定は,通常,〈……すべし〉という形式の判断ないし言明によって表明される。この〈べし〉(ゾルレンsollen,オートought)という助動詞によって表現される判断様相を当為と呼ぶ。当為言明はしばしば〈……である〉という平叙形式の言明,すなわち事実を記述する言明と対比され,事実言明のみから成る前提群から当為言明が論理的に演繹されうるかが哲学上の根本問題の一つとして論議されている。これを肯定するのが方法一元論であり,否定するのが方法二元論の立場である。前者によると,当為言明は基本的に事実言明と同じしかたで真偽をテストできることになるが,後者に従えば,これは不可能である。ただ,後者の中でも,ここから当為判断の原理的恣意性を導出する主観主義・相対主義の立場と,事実言明とは異なる独自の正当化手続による客観的テスト可能性を当為判断に承認する立場とが分立する。なお,〈である〉と〈べし〉の区別はしばしば〈存在〉と当為の区別として表現されるが,この場合の〈であるsein,is〉は存在ではなく特定の判断様相を表現しており,〈である〉判断は狭義の存在判断(〈黒い白鳥が存在する〉)だけでなく,全称判断(〈すべての白鳥は白い〉)や単称判断(〈この白鳥は白い〉)も含む以上,当為に〈存在〉を対置する用語法は不正確であり,避けたほうがよい。
方法二元論の基本的発想は古代ギリシアのソフィストにおけるノモス(人為的秩序)とフュシス(自然)との区別の内にすでに見られるが,当為判断が〈である〉判断から論理的に演繹しうるかという問いを明示的に提起した最初の重要な哲学者はヒュームである。しかし,ヒューム自身が方法二元論にくみしているか否かはヒューム解釈上論争がある。また,理論理性と実践理性を区別するとともに自然的傾向性からの道徳的当為法則の独立性を説いたカントに方法二元論を帰する見解もあるが,これには異論もある。方法二元論が明示的に提唱されるようになったのは大陸においては新カント学派,とくに西南ドイツ学派以降であり,英語圏においては20世紀初頭に〈自然主義的誤謬〉批判(倫理的言明を自然的事実言明に還元するのは論理的誤謬であるという批判)を展開したG.E.ムーア以降である。
また,大陸における方法二元論はラートブルフやケルゼンのような法哲学者の思考様式を規定する一方,19世紀末から20世紀初頭にかけての社会科学方法論争の焦点となったM.ウェーバーの没価値性テーゼの哲学的基礎をもなしている。現在ではメタ倫理学や様相論理の研究者によって当為の語用論的・意味論的特性や構造について精緻な分析が進められ,方法二元論の問題についてもいっそう掘り下げた論争が展開されている。
執筆者:井上 達夫
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「あるべきこと」「まさに為(な)すべきこと」をいい、倫理的な概念とされる。その究極的なものは人間の到達すべき目標であり、したがって哲学者の最高の探究課題であり続けた。カントは無条件的な当為を定言的命令という形でとらえ、すべての道徳的価値はこれにのみ由来すると考えた。条件付きの当為はにせの当為であって、実は「そうあらざるをえぬ」自然的世界に属する、というのである。カントは当為を現象界とは別の叡智(えいち)界に属さしめ、自由な実践的世界を樹立するが、のち新カント学派は、当為を理論的認識や美の世界にまで広げて、単なる倫理的概念からより包括的な概念へと構成し直した。反対にまた現代倫理学のなかには、当為を、是認の単なる感情表出にすぎないとして、その普遍性を拒否する立場も生じてきており、この問題は、いっそう複雑な展開をみせ始めている。
[武村泰男]
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…そこでは学は自然学ta physika,倫理学ta ēthika,論理学ta logikaという三つに分類された。カントもこの分類の正しさを承認したうえで,自然学と倫理学との関係について,自然学は自然の必然的法則を取り扱うのに対して,倫理学は自由の法則(すなわち当為)を取り扱うというように両者を対照させている。この意味では倫理学は人間存在についてのある包括的・原理的な学である。…
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出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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