水界を生活の場とする昆虫を指し,多くの種が淡水性のため川や池に分布するものをいう場合が多い。大部分の種類は幼虫期を水の中で過ごし,一部のものはさなぎも水中で見られるが,不完全変態の半翅目に属するタガメやミズカマキリ,甲虫目のガムシやゲンゴロウなどは,幼虫と同様成虫期間も水中で生活し一生のほとんどを同じ環境で過ごしている。人の目につくのは渓流の石についているカゲロウの幼虫などとヤゴ(トンボの幼虫)で,魚の餌になっているものも多く,川や池の生態系では大部分が被捕食動物として大きな役割を果たしている。
水生昆虫は系統的には広い範囲から特殊化したグループで10目に及ぶ。幼虫のみが水中生活をおくるものにカゲロウ目,トンボ目,カワゲラ目,脈翅目,トビケラ目,鱗翅目,幼虫期間とさなぎの間も水中で過ごすものに膜翅目と双翅目のものが知られる。幼虫と成虫期間をともに水中でくらすものに半翅目と甲虫目のものがある。系統的には必ずしも類縁関係が濃いとはいえないが,呼吸法については共通した面をもっている。
地上のあらゆる環境に適応した昆虫は空気呼吸を前提とした気管系を発達させた。しかし二次的に水中でくらすようになった水生昆虫は一部の幼虫がえらをもつ程度にとどまり,成虫についてはすべて空気呼吸を行っていて真の水生動物とはいえない。ただ水中生活のために成虫は種類によって腹端に長い呼吸管をもち,この先を水面に出して酸素を摂取したり(半翅目),翅鞘(ししよう)と腹部の間に腹端からとり入れた空気を蓄えたり,体表の密毛に空気を保持して水中に潜る(甲虫目)などの適応は見られる。
幼虫期間の呼吸法は成虫期より分化していて,空気呼吸の場合も空気の摂取を容易にするための適応が見られ,呼吸器の周囲に長毛のある突起があって水面に開くようになっている(双翅目ガガンボ類の幼虫)。
水中の酸素を摂取するための適応は皮膚が変化したえらで,これには二つのタイプがある。血管鰓(さい)は体壁の一部が突出したもので,その下に流れる体液(血液)と水中の酸素が薄い体壁を通してガス交換をするものである。もう一つの気管鰓は,気管の毛細管が水中に広がり酸素をとり入れ気管を通じて体中にもたらすタイプで,このほうが適応度は高い。多くのカゲロウやトビケラの幼虫には葉状,または糸状の気管鰓が発達しているが,例外としてはトンボの幼虫のように直腸の内壁にあるものがある。
水生昆虫と生息環境との関係はきわめて深い。水質,水深,水温,底質の五つの要素によって分布する種類が異なる。まず川(流水性)と池や沼(止水性)に大別され,それぞれに独特な種類構成が見られる。また種ごとの体や習性による生活型がいくつかのタイプに分けられ,みごとな適応を示している。津田松苗,六山(ろくやま)正孝によれば次のようになる。(1)造網型(ヒゲナガカワトビケラなど),(2)固着型(ブユの幼虫など),(3)匍匐型(ヒラタカゲロウの幼虫など),(4)携巣型(トビケラの幼虫など),(5)遊泳型(フタオカゲロウの幼虫など),(6)掘潜型(サナエトンボの幼虫など)。
一般的に渓流では瀬に個体数が多くふちには少ない。さらに細かく区分すれば流速の差で種の分布域が異なり環境の指標になりうる。止水といってもわずかな流速のある池や沼には,歩行,または遊泳のできる種類が多い。水面にはアメンボやマツモムシなどの半翅目が多く捕食性でこれはミズスマシ(甲虫目)も同じである。ゲンゴロウやガムシ(甲虫目),タイコウチ(半翅目)などは水草の間に潜み小魚などを捕食する。底にはイトトンボやトンボ科の幼虫がすむ。富栄養の池には溶存酸素量が少ない状態でも生息できるユスリカやハナアブなどの幼虫が見られ,水質汚濁の指標とされている。なお止水にすむタイコウチやトンボのヤゴは魚を飼育する底面ろ過方式の水槽で容易に飼えるが,流水性の種類は小規模な装置ではむずかしい。
近年,水生昆虫,わけてもタガメやホタルが激減したのは水質汚染に最大の原因がある。上流で流された化学物質や生活排水は直接水生生物の呼吸や成育を止めついには死に至らしめた。水中の酸素を摂取しない種類の場合は直接被害を受けないが,その餌になる種類の激減によって存在が不可能になる。つまり水中生態系のバランスの崩壊によって生き残れる確率は激減したのである。そのうえ護岸工事などによる生息環境の変化は水生昆虫の生活条件を失わせる結果を招いた。昭和30年代の農薬全盛期にはこうした内外要因によって水生昆虫の受けた打撃は大きく,今もって従前の状態に回復できないものが多い。最近各地でやや個体数の増加を見ているが,これは環境保全のためのアセスメント条例の施行や一般住民の関心が高まり,保全の思想が普及したからと思われる。
執筆者:矢島 稔
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
昆虫のなかで水中で生活するものの総称。昆虫類はもともと系統的には陸生であって、生活のため二次的に水中に侵入したものと考えられるが、比較的原始的な有翅(ゆうし)昆虫であるカゲロウやトンボの幼虫も水生である。水生昆虫には一生の間水中で生活し、移動あるいは越冬のためにのみ水を離れるものと、幼虫の時期または幼虫と蛹(さなぎ)の時期を水中で過ごし、成虫になるときに水を離れるものがある。体形や呼吸の方法などは、水中の生活環境への適応の方法や程度によって類によりかなり違っている。たとえば、甲虫類のなかでもゲンゴロウは上ばねと腹部の間に空気を蓄え、ときどき水面に浮上し、幼虫は尾端の呼吸管を水面に出して呼吸するが、ミズスマシはおもに水面で生活し、幼虫は体の両側に気管鰓(さい)をもち、水中で生活している。また、ガムシは体下面や触角先端部に微毛を密生し、空気の薄い層をつくり、これを通じて呼吸するが、肢(あし)は細くてゲンゴロウ、ミズスマシのように平たく櫂(かい)のようにはならない。ドロムシも腹面に微毛を密生しているが肢は細くてつめが発達し、水底の石などに付着し歩行するのに適している。甲虫ではほかにコガシラミズムシの幼虫やドロムシの一部の幼虫が気管鰓で呼吸している。このほか、水中に多い昆虫には半翅類があり、成・幼虫とも体表の微毛部に空気を蓄え、水底や砂中などにいる円板状のナベブタムシ類、水面下を腹面を上にして泳いでいるマツモムシ類、尾端に長い呼吸管をもち水上から呼吸するミズカマキリやタイコウチの仲間、稚魚などを襲う大形で獰猛(どうもう)なタガメ、雌が雄の背面に卵を産み付けるコオイムシ、夏の夜に灯火にくるコミズムシ(俗にフウセンムシという)の類などがある。
成虫が陸上で生活するものにはカゲロウ、トンボのほか、カワゲラ、トビケラ、脈翅類の一部(ヘビトンボなど)、甲虫(ホタル、ネクイハムシなど)、そのほかにカ、ブユ、アブなどの双翅類などが含まれ、多くは気管鰓で呼吸するが、皮膚呼吸のもの、呼吸管をもつものもある。ブユの蛹(さなぎ)は気門部が伸びて糸状のえらになる。なお、アメンボ類やミズトビムシなども水生昆虫に含めることがあるが、これらは水面上のみで暮らしており、半水生というべきであろう。
[中根猛彦]
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