翻訳|indicator
生物の生育場所は広域的には地史にも影響されるが,個々の地域では歴史的な由来よりも環境条件に支配されることが多い。生物の種によって,それが生育できる環境は決まっているが,いくつかの種では環境との相関がはっきりしていて,その種の生育いかんでその場所の環境を推定できることがある。そのような生物を指標生物というが,移動量の大きい動物よりも定着生活をする植物のほうが典型的に環境を指標する例が多いことから,指標植物indicator plantがとり上げられることが多い。このように特定の種が環境を指標する場合,その生物を指標種と限定することがあるが,特定の種だけでなく,群落などが環境を指標することがあり,広義にはそれらを含めて指標生物という。
たとえば温帯を指標する植物としてブナが典型的なものであるが,特定の植物群で温帯の指標植物の例にあげられるものに,オオバショリマやシラネワラビなどのシダ類の例もある。植物群落としては落葉広葉樹林が温帯を指標する。
環境条件のうちでも気象環境を指標する例が典型的で,熱帯降雨林,照葉樹林,サバンナ,ツンドラなどは群落名であると同時に気候帯の表現でもある。植物の生育域が温度などで制限されることが多いので,ハマユウの分布北限が等温線と重なることも知られている。しかし温度条件だけであれば,等温線などで示すことができるが,生物の生育のための条件は単一ではなくてその他の要因も加わったものであるから,生育している植物種によってそのような複合的な条件がきわめて正確に示されることがある。植物の分布によって,既知の気象観測の資料にもとづいて,測定されていない気象条件を推定することも可能である。また造林などで,リョウメンシダが生えているところはスギの造林適地であるというような有用植物の生育適地の複合的な条件を,ある種の自生種によって指標させることがあり,それによって林学,農学上便宜を得ることもある。環境の変化,特に公害の影響を示すために,絶滅した種や繁茂する種を指標とすることもある。鉱山地帯にはヘビノネゴザが多く,これを特にカナヤマシダというところさえある。
環境要因には気象以外のものもあるが,それぞれの要因によって生育場所を規定されているものがある。土壌条件では石灰岩植物,蛇紋岩植物などがそれぞれの生育場所の土壌を示しているし,海浜植物,高山植物,渓流沿い植物などはそれぞれの生育地を指標している。
生物の特定の種が特定の生育地を指標するという生物学上の意味のほか,この現象は自然のおもしろ味を示してくれるよい例でもある。外国を旅行していて,日本の植物と同じものを見た時その種の生育している場所を思い浮かべるとか,山道を歩いて高くなってくるにつれて高山性の種を見つけて登ってきた道の長さを実感するようなことはだれでもが経験することであろう。これらもそれぞれの種がその生育場所を指標していることによる。
執筆者:岩槻 邦男
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
生物はある範囲の環境の中でのみ生活することができる。その範囲が狭い場合には、その生物の存在することにより、逆に、その環境を知ることができる。このように、その環境を示すような生物を指標生物といい、その生物種を指標種という。最近では環境汚濁の指針としても用いられる。
[村野正昭]
…また,生物濃縮現象を利用して,生物体を分析することにより,環境中にごく微量にしか存在していない放射性物質の濃度,あるいはその変化の傾向を推定することができる。この目的で使用される生物を指標生物といい,褐藻のホンダワラ,二枚貝のムラサキイガイなどが利用されている。【稲葉 次郎】。…
※「指標生物」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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