小島文次郎(読み)こじま・ぶんじろう

朝日日本歴史人物事典 「小島文次郎」の解説

小島文次郎

没年:明治3.9.7(1870.10.1)
生年:文政8(1825)
明治2(1869)年,上野国(群馬県)高崎藩領45カ村の農民年貢減免を求めて起こした高崎五万石騒動の指導者のひとり。群馬郡上小塙村(高崎市)の農民。幼少より和算,書画,謡曲,挿花,武芸を学び,五万石騒動の大総代のひとりに選ばれ,高崎藩の年貢の苛酷さを立証するために史料を収集し,嘆願書に記している。のち逮捕,斬首子孫の家(小島好二家)には,22カ村の連判状と「小島文次郎小伝」が残っている。<参考文献>細野格城『高崎五万石騒動』(復刻,1975),「特集高崎五万石騒動」(『群馬評論』40号)

(落合延孝)

出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「小島文次郎」の解説

小島文次郎 こじま-ぶんじろう

1825-1870 明治時代一揆(いっき)指導者。
文政8年生まれ。上野(こうずけ)群馬郡上小塙(かみこばな)村の農民。明治2年におきた年貢軽減闘争(五万石騒動)の際の大総代のひとり。高崎藩につかまった他の大総代2人の釈放をもとめ新政府の岩鼻県役所におもむくが,捕らえられて藩にひきわたされ,明治3年9月7日処刑された。46歳。通称正治。名は文治郎ともかく。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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