甲状腺機能検査

内科学 第10版 「甲状腺機能検査」の解説

甲状腺機能検査(甲状腺)

 甲状腺機能検査は,表12-4-1に示すようにin vitro検査,in vivo検査,甲状腺特異的自己抗体検査,甲状腺関連遺伝子検査,画像診断および病理学的検査としての甲状腺穿刺吸引細胞診に分類される.甲状腺機能のスクリーニングとしては,まず甲状腺刺激ホルモン(thyroid stimulating hormone:TSH,thyrotropin)とサイロキシン(T4あるいは遊離型(フリー)T4)を測定する.臨床的に特定の甲状腺疾患が疑われる場合は,甲状腺in vitro機能検査,甲状腺特異的自己抗体検査および甲状腺画像診断を組み合わせて検査計画を立てる.たとえば,びまん性甲状腺腫があり甲状腺中毒症が疑われるときは,Basedow病(臨床頻度88%),亜急性甲状腺炎(6%),無痛性甲状腺炎(5%),Plummer病(1%),外因性甲状腺中毒症(<1%)などを想定して,フリーT4およびトリヨードサイロニン(T3あるいは遊離型(フリー)T3),TSH,抗TSH受容体抗体(TRAb),抗サイログロブリン(Tg)抗体,赤沈,CRPを測定する.一方,浮腫,易寒性,易疲労感などの甲状腺機能低下症状を認めるときは橋本病や中枢性甲状腺機能低下症などを疑い,T4またはフリーT4,TSH,抗Tg抗体,抗甲状腺ペルオキシダーゼ(TPO)抗体を測定する.これらの値に異常が認められ確定診断をする際には,甲状腺in vivo機能検査を行う.結節性甲状腺腫が認められるときにはフリーT4,TSH,Tg測定を行い,甲状腺超音波画像検査を施行する.結節性甲状腺腫に対しては,病理学的診断のため超音波ガイド下に甲状腺穿刺吸引細胞診が行われることが多い.
(1)甲状腺in vitro機能検査
a.血中サイロキシン(T4)測定
 T4は甲状腺より分泌され,T4のほとんどが血中サイロキシン結合性グロブリン(TBG)と結合して血中に存在する.T4の結合物質に変化がなければ,その血中正常値は5.6~12.0 μg/dLである.T4が組織に作用するときは遊離型として作用するが,フリーT4 は総(トータル)T4の0.02~0.03%にすぎない.血中の結合物質の影響を受けないフリーT4の測定法では,その血中正常値は0.81~2.13 ng/dLである.血中T4(フリーT4)濃度は甲状腺機能を反映する.すなわち甲状腺中毒症では血中T4は高く,甲状腺機能低下症では血中T4は低下する.T3はT4の4~8倍生物学的活性が高いので,甲状腺機能低下症では生体反応により,甲状腺内のT3,T4の前駆物質であるmonoiodotyrosine(MIT)/diiodotyrosine(DIT)比,およびT3/T4比が増加してT3が産生され,また末梢組織でもT4からT3への変換が起こり,T3が産生されやすい状態となる.その結果,甲状腺機能低下症では血中T4値が甲状腺機能を反映しやすい.TBGは1分子あたりT4 1個と結合するので,たとえ正常な甲状腺機能であっても(血中TSHは正常),血中TBG量やTBGの構造異常により血中T4値が影響されることになる.
b.血中トリヨードサイロニン(T3)測定
 血中T3の約80%は末梢組織によりT4からの変換により産生され,また残りの約20%が甲状腺からの直接分泌に由来する.T3はまたフリーT3(T3の約0.3%)として組織に作用する.血中T3およびフリーT3の正常値はおのおの0.79~1.95 ng/mL,2.4~4.5 pg/mLであり甲状腺機能を反映する.すなわち,甲状腺中毒症ではT3(フリーT3)値は高く,甲状腺機能低下症ではその値は低い.T3値もまたTBGにより影響を受けるため,臨床的にはフリーT3
を測定する.
c.血中リバースT3(rT3)測定
 rT3の生物学的活性はほとんどなく,その多くは末梢組織の5′-deiodinase 酵素作用によりT4より産生される.T4に5′-deiodinaseが強く作用すると活性型のT3に転換されるため,通常は血中rT3とT3値はよく相関する.T3値とrT3値が解離するのは飢餓や重症疾患罹患時に代表される低T3症候群のときであり,その場合,血中T3は低値を示すにもかかわらずrT3は高値を示すことになる.
d.血中甲状腺刺激ホルモン(TSH)測定
 下垂体のTSHの合成分泌は視床下部の甲状腺刺激ホルモン放出ホルモン(TRH:thyrotropin-releasing hormone)により刺激され,甲状腺ホルモンT3により抑制される.血中TSHは早朝に頂値(ピーク)に達し,午後には低下する.血中TSHが異常値を示すときは,このTSH分泌におよぼす制御機構を理解しておく必要がある.現在では高感度TSH測定法が甲状腺機能のスクリーニング法として用いられており,その正常値は0.4~4.2 μU/mLである.甲状腺機能亢進症や甲状腺中毒症の患者では,血中TSHが低下する.
 甲状腺中毒症は示さず,血中フリーT4,フリーT3が正常で血中TSHのみが低下する潜在性甲状腺機能亢進症(subclinical hyperthyroidism)がある.一方TSHが高値を呈する際に,血中フリーT4が低値を示すときは,原発性甲状腺機能低下症(primary hypothyroidism)と考えられ,そのほとんどが橋本病による.ヨード欠乏地域や先天性甲状腺ホルモン合成障害を示す患者でも,血中フリーT4が低値でかつ血中TSHは上昇する.血中T4,T3も正常であるにもかかわらず,血中TSHは軽度上昇している病態は,潜在性甲状腺機能低下症(subclinical hypothyroidism)とよばれ,甲状腺機能低下の症状は示さないが,高LDLコレステロール血症や動脈硬化症を呈しやすい.
 一方,甲状腺機能低下症の臨床所見を示し血中T4,T3値は低下し,TSH値が低下もしくは正常範囲内から軽度上昇を示す疾患として中枢性(下垂体性,視床下部性)甲状腺機能低下症(central hypothyroidism)がある.そのうち,二次性(下垂体性)甲状腺機能低下症(secondary hypothyroidism)では血中T4,T3が低下しながら,血中TSHは正常ないしは低下しており,TRH負荷後にTSH分泌反応が認められない.その原因としては脳下垂体の腫瘍や血管病変によるものが多いが,ごくまれにTSH 遺伝子異常に基づくものも存在する.全脳照射などによりTRH分泌不全を示す三次性(視床下部性)甲状腺機能低下症(tertiary hypothyroidism)ではTRH負荷試験において,血中TSHは過剰もしくは遷延反応を示す.TRH欠損(ノックアウト)マウスの解析では,血中甲状腺ホルモン値は低下し,血中TSH値は上昇するという結果が得られ,TRH分泌不全状態ではTSHの成熟型糖鎖が完成されないために,生物学的活性の低下したTSHが多く産生されることが原因であると考えられている(Yamadaら,1997). 甲状腺中毒症を示し,血中甲状腺ホルモン濃度が高く,かつTSHが高値を示す場合は,TSH産生下垂体腫瘍もしくは甲状腺ホルモン不応症(resistance to thyroid hormone:RTH)が鑑別診断にあげられる.一方,原発性甲状腺機能低下症におけるレボサイロキシン(L-T4)の補充経過などでも同様の検査結果が得られることがあり注意を要する.複数回の検査でこの状態が認められる際は,下垂体MRI検査を行いTSH産生下垂体腫瘍の有無を検討する.下垂体腫瘍の存在しない場合は,甲状腺ホルモン不応症を疑い,必要に応じて遺伝カウンセリングも行いながら,甲状腺ホルモン受容体(TR)β遺伝子検査を行い,その変異の有無を検討する(後述).
TSH,フリーT4,フリーT3値の解釈:
甲状腺機能を最も鋭敏に反映するのはTSH値であり,前述の通り甲状腺機能のスクリーニングの際は,フリーT4およびフリーT3と合わせて測定する.通常フリーT4とフリーT3値は連動するが,乖離を示す場合もある.表12-4-2にTSH値別に,フリーT4とフリーT3値の動向から推定される病態を示す.重要なことは検査値だけで病態を把握しないことであり,検査値が臨床像に合致しないときは,緊急を要さない際は日をあらためて複数回の検査を行う.
e.血中サイログロブリン(Tg)測定
 サイログロブリン(Tg)は甲状腺瀘胞細胞で合成され,濾胞内に貯蔵されるコロイドの主成分である.正常者の血中Tg濃度はおおむね5~30 ng/mLである.血中Tgが上昇する原因としては,①TSHやTSH受容体抗体(TRAb)などによって甲状腺が刺激されている場合,②甲状腺に炎症などの破壊性変化が生じる場合,③甲状腺組織由来の腫瘍が存在する場合である.甲状腺の腫大があり,甲状腺中毒症を示し血中Tgが上昇する疾患は,Basedow病と亜急性甲状腺炎でありその病勢をある程度反映する.外因性甲状腺中毒症では血中Tg値が低下するのが特徴である.腺腫様甲状腺腫でもTg値が上昇する例がある.甲状腺乳頭癌,濾胞癌では血中Tgが上昇する例が多く,手術により腫瘍を摘出すると血中Tg値は減少するが,再発や転移例では再び上昇する.このため血中Tgの臨床上最も重要な意義は,甲状腺癌の再発の指標となることである.分化型甲状腺癌(乳頭癌,濾胞癌など)で甲状腺全摘もしくは亜全摘術を受けた患者は,その後の術後甲状腺機能低下症のためレボサイロキシン(L-T4)の投与を受ける.従前ではその再発評価のためにはTg値を測定するためにL-T4投与を中止しなければならず,休薬期間中の甲状腺機能低下症の増悪が問題となっていた.しかし近年,遺伝子組み換え型TSH(rhTSH)の投与によりL-T4を休薬せずに,再発検索のための放射性ヨウ素(123I)シンチグラフィ(後述)検査と血中Tg測定を施行できるようになった.
f.血中サイロキシン結合性グロブリン(TBG)測定
 正常者の血中TBG値は12~28 μg/mLである.血中TBG高値を示すのはエストロゲンにより肝臓でのTBG合成亢進を認める妊娠時であり,急性肝炎や遺伝性TBG増加症などで血中TBGは上昇する.血中TBGの低下を示す疾患としてはネフローゼ症候群,蛋白喪失性胃腸症,急性間欠性ポルフィリン症や遺伝性TBG欠損症などがある.
g.その他
 甲状腺髄様癌では血中カルシトニンや癌胎児性抗原(carcinoembryonic antigen:CEA)が上昇し,多発性内分泌腺腫の家族内スクリーニングにも使用される.また橋本病に合併する悪性リンパ腫が疑われるときには,血中可溶性IL-2受容体(soluble IL-2 receptor:sIL-2R)が上昇していることがある.
(2)甲状腺in vivo機能検査
a.甲状腺ヨウ素摂取率(radio-iodine uptake:RIU)
 甲状腺濾胞細胞はNa/I共輸送体を通して能動的にヨウ素を取り込み,甲状腺ホルモン合成を促す.RIUは生体におけるその甲状腺細胞のヨウ素摂取率能を反映する.RIUの検査には123I(半減期13 時間)を使用する.外因性ヨウ素の影響を排除するため,1週間以上ヨウ素禁食を行い施行する.123I経口投与3時間後ならびに24時間後にRIUを測定する.正常RIU 24時間値は10~40%である.RIUが上昇するのは一般的に甲状腺ホルモン合成能が高まっているためであり,Basedow病の確定診断となる.一方,甲状腺ヨウ素の取り込みはTSHにより刺激されるので,RIU上昇が甲状腺ホルモン合成ではなくヨウ素摂取亢進のみを示す病態も存在する.すなわち,橋本病の初期や先天性甲状腺ホルモン合成酵素欠損時には甲状腺ホルモン合成は障害されているが,TSH分泌が上昇するのでRIUは高値を示す.RIUが低下するのは甲状腺ホルモン合成能が減少しているためであり,甲状腺機能低下を示す程度の進んだ橋本病ではRIUは低値となる.また,甲状腺中毒症を示す亜急性甲状腺炎や無痛性甲状腺炎では甲状腺組織が破壊されているのでRIU値は低下を示すので,Basedow 病との鑑別上重要である.
b.放射性テクネシウム甲状腺摂取率
 パーテクネート(pertechnate,TcO4)は荷電やイオンの大きさがヨウ素と相同しているため,ヨウ素と同様に甲状腺に取り込まれる.テクネシウム(99mTc)(半減期6時間)は有機化されずに甲状腺内に滞留しないので,その静脈内投与30 分後に甲状腺摂取率を測定する.正常値は0.4~3%である.この検査は外因性ヨウ素の影響を受けにくいのでヨウ素禁食を必要とせず,短時間で検査が終了し放射線被曝量が少ないなどの利点はあるが,甲状腺への摂取率しか評価できない欠点をもつ.
c.パークロレート放出試験(perchlorate discharge test)
 甲状腺濾胞腔内の無機ヨウ素のプールサイズは通常は非常に小さいが,ヨウ素の有機化が障害される場合は増大する.過塩素酸カリ(KClO4:パークロレート)はヨウ素の能動輸送を阻害するため,ヨウ素の取り込みを抑制すると同時に有機化障害で増大した無機ヨウ素プールからヨウ素を放出させる.一方,有機化されたヨウ素はこれらの薬剤の影響を受けない.このため甲状腺ホルモン合成酵素欠損患者などに認められるヨウ素の有機化障害の程度は過塩素酸カリ放出試験(パークロレート放出試験)で評価される.123Iを経口投与し,3時間後にRIUを測定後,過塩素酸カリを1g経口投与し,その1時間後にRIUを測定する.過塩素酸カリ内服後,甲状腺ヨウ素摂取率が10%以上低下(放出率10%以上)したときに陽性と判定する. 放出率90%以上の完全ヨード有機化障害では甲状腺ペルオキシダーゼ(TPO)遺伝子異常が原因となっていることが多い.
d.T3抑制試験(T3-suppression test)
 T3投与後の下垂体-甲状腺系ネガティブフィードバック機構によりTSH分泌を抑制した後の甲状腺自律能を検査する方法がT3抑制試験である.一般的にはBasedow病で機能亢進症状が明確でなくRIUが正常値を示すときや,橋本病でRIU高値を示しBasedow病と鑑別を要するとき,もしくは甲状腺ホルモン不応症が疑われるときなどに本試験が用いられる.ヨウ素禁食とし,T3 75 μg/日を1週間投与後RIUを測定する.正常者でのRIUはT3投与前測定値の50%以下に抑制されるが,Basedow病では測定前値の50%以上となる.
e.TRH刺激試験
 下垂体からのTSH分泌反応をみる試験であり,同時にT3の測定により内因性TSHの生物学的活性能をみることができる.絶食とした午前中に採血し,500 μgのTRHを静脈内投与後30,60,120 分に採血しTSHを測定する.正常のTSH反応はTRH 投与30分後に頂値に達し,8~25 μU/mLへと上昇する.また,血中T3はTRH投与120分後には前値の120%以上に増加する.TRH試験が有用な病態の代表例が下垂体TSH産生腫瘍と甲状腺ホルモン不応症との鑑別である.すなわち,両者ともに血中甲状腺ホルモン濃度は高いにもかかわらず,血中TSHは高い.しかし,前者ではTRH試験後のTSH分泌反応は弱く,後者ではその反応は保持されている.また,甲状腺機能低下症を示す三次性甲状腺機能低下症ではTRH投与後血中TSH分泌反応は保たれているが,T3増加反応は低下している.
f.基礎代謝率(basal metabolic rate:BMR)
 精神および身体を安静にした状態での単位時間あたりの酸素消費量を測定し,間接的に生体の発熱量を測定する.血中ホルモン濃度と甲状腺機能所見とが解離している症例ではBMRの測定を行う.正常では-10~+10%であり,甲状腺機能亢進では上昇し,機能低下では低下を示す.
(3)甲状腺特異的自己抗体
 自己免疫性甲状腺疾患(autoimmune thyroid disease:AITD)としては橋本病とBasedow病があり,臓器特異的自己免疫疾患の範疇に入る.自己免疫疾患では自己の細胞成分に対する自己抗体が証明されるが,AITDでは細胞質に対する抗体と細胞膜に対する抗体が認められる.
a.サイロイドテスト,抗Tg抗体(TgAb),マイクロソームテスト,抗マイクロソーム(甲状腺ペルオキシダーゼ(TPO))抗体(TPOAb)
 甲状腺自己抗体の測定法として,以前より廉価で簡便な間接凝集法によるサイロイドテストとマイクロソームテストが広く臨床現場で用いられている.基準範囲はいずれも100倍未満である.またTgあるいはTPOを抗原とした,高感度の抗Tg抗体,抗TPO抗体の測定法が開発されており,正常値はいずれも0.3 U/mL以下である.橋本病の97%以上で抗Tg抗体ないしは抗TPO抗体が証明され,その抗体価は甲状腺への細胞浸潤像とほぼ相関する.またBasedow病でも約80%の症例でこれらの自己抗体が証明されるが,その抗体価は低いことが多い.
b.TSH受容体抗体(TSH receptor antibody:TRAb)
 TRAbは甲状腺細胞膜のTSH受容体(TSHR)に対する抗体である.現在TRAbを定量測定する第3世代測定法が臨床応用され2~3時間で結果が得られる(正常値2.0 IU/L)(図12-4-10).TRAbはBasedow病の98%以上で証明され,未治療時のTRAbは血中甲状腺ホルモン濃度やRIUと正の相関を示し,治療とともにその抗体価は低下する.TRAbはBasedow病に比較的特異的であるが無痛性甲状腺炎などでも弱陽性を示す(0~8.4%)ので注意を要する.TRAbが持続陽性を示すときは,いまだなお甲状腺に対する自己免疫反応が活発であることを意味するので,抗甲状腺薬中止の1つの目安になる.TRAbには甲状腺機能を刺激する型と阻害する型が存在する.
c.甲状腺刺激抗体(thyroid stimulating antibody:TSAb)
 ブタ甲状腺培養細胞に患者IgGを添加した後に促進される細胞内サイクリックAMP濃度を指標として表す(正常値は145%以下).
 最近,ヒトTSHRの細胞外ドメインC末端のアミノ酸262〜335残基をラットLH/CG受容体のアミノ酸261〜329残基と置換したキメラTSH受容体Mc4を表出したCHO細胞を用い,C末端にエピトープを有するTRAbの影響を排除することによりTSAbを選択的に測定することを目指したアッセイ系が開発され,このアッセイ系によりTSAbの刺激活性をより選択的に測定できる(Kamijoら,2011).
d.甲状腺刺激阻害抗体(thyroid stimulating blo­cking antibody:TSBAb)
 ブタ甲状腺細胞やCHO-TSHR細胞に一定量のTSHと患者IgGを添加し,TSHによる細胞内サイクリックAMP刺激効果を患者IgGがどの程度抑制するかにより表す.正常では40%以下である.甲状腺機能低下を示す一部の橋本病患者血中にはTRAbが認められるが,それは阻害型のTSBAbである.萎縮性甲状腺炎,抗甲状腺薬治療後の甲状腺機能低下症の一部でTSBAbが検出され,特に甲状腺腫の認められない特発性粘液水腫(idiopathic myxedema)ではTSBAbが高度陽性を示すことが多い.
(4)甲状腺遺伝子診断
a.甲状腺機能異常関連遺伝子診断
 先天性甲状腺機能低下症(クレチン症(cretinism))は先天性内分泌疾患の中で最も頻度の高いものであり,発症率は3000出生に1例である.クレチン症の85%は,甲状腺位置異常,無形成などの甲状腺自体の発生異常が原因であるが,残りの15%はNa/I共輸送体(NIS),thyroid oxidase(THOX),dual oxidase2型(DUOX2),TPO,Tgなどの甲状腺ホルモン合成に不可欠な遺伝子異常による.
 ヨードの有機化障害はTPO遺伝子もしくは,THOX(DUOX)遺伝子の異常である.これらの遺伝子異常は常染色体劣性遺伝形式を示す.NIS変異によるヨード濃縮障害は常染色体劣性遺伝の形式をとり,ホモ接合体でのみ発症する.Pendred症候群ではペンドリンの異常によるが,ペンドリンはATP非依存性の溶質輸送体トランスポータースーパーファミリー(SLC26Aファミリー)に属し,責任遺伝子であるPDS遺伝子はSLC26A4である.Tg遺伝子異常症は,常染色体劣性遺伝形式をとる.ヨードチロシン脱ヨード化酵素DEHAL1遺伝子異常(ホモ接合体)も存在する.
 先天性甲状腺機能亢進を示し,TRAbが認められない症例ではTSH受容体遺伝子異常が認められる.また甲状腺ホルモン不応症例では,ほとんどの場合甲状腺ホルモン受容体β(TRβ)遺伝子異常である.
b.甲状腺癌関連遺伝子診断
 甲状腺癌にはさまざまな遺伝子異常が認められ,それらを標的とする分子標的抗癌薬の開発もなされている.甲状腺髄様癌におけるRET癌遺伝子変異も認められる.
(5)甲状腺画像診断
a.甲状腺超音波検査(thyroid echography)
 甲状腺腫瘤を触知したときには,リアルタイム式探索子を用いる甲状腺超音波検査を行う.甲状腺腫瘤の超音波所見を表12-4-3に示す.クラスⅢ以上を悪性とすると,甲状腺癌の正診率は88%となる(横澤ら,2005).充実性腫瘍の際は,エコーガイド下での穿刺吸引細胞診(fine needle aspiration biopsy:FNAB)を行う.病理細胞診断にはPapanicolaou分類が用いられる.
 わが国における甲状腺癌の約78%は乳頭癌で,17%は濾胞癌,2.7%が未分化癌,1.4%が髄様癌,1%以下が悪性リンパ腫であることを念頭において超音波画像を行う.またカラードプラで腫瘤内部に豊富な血流シグナルが認められる場合は,悪性を示唆することが多く,良悪性の判定の参考となる(図12-4-11).さらにエラストグラフィは組織弾性度を反映し,良性でやわらかい腫瘤は緑色に,悪性では硬い腫瘤のため青色に描出されるため,腫瘤の性状判定に役立つ(図12-4-12).
b.シンチグラム(シンチグラフィ)
1)123I,99mTcO4甲状腺腫瘤シンチグラフィ:
甲状腺腫瘍組織はホルモン合成低下を示すことが多く,そのときは123I核種が取り込まれずcold spotを示す.
 一方ホルモン合成亢進を示すPlummer病ではhot spotを示す.また異所性甲状腺腫の診断にはシンチグラムが役に立ち,甲状腺が通常の位置にはなく舌根部や胸腔内に認められることがある.123I甲状腺シンチグラフィは,分化型甲状腺癌術後の再発巣の検出に用いられるが,最近rhTSH投与後のシンチグラフィを施行できる(図12-4-13).
2)201Tl甲状腺シンチグラフィ:
201Tl(半減74時間)を静脈内投与し10分(early scan),2時間(delayed scan)後にシンチグラム撮影を行う.early scanでは良性,悪性ともに描出されるが,delayed scanでは分化型甲状腺癌ではhot spotとして残存し腺腫ではwash out され描写されないことが多い.
3)67Gaシンチグラフィ:
甲状腺悪性リンパ腫,未分化癌の描出に使用する.
c.頸部CT画像,頸部MRI画像
 甲状腺癌の局在診断,および転移巣の描出に有用であり,手術前検査に主として用いられる.最近では,rhTSH投与下で行われる123I甲状腺シンチグラフィと単一光子放射断層撮影(single photon emission computed tomography:SPECT)を組み合わせて,高感度に甲状腺癌の転移巣または再発巣の検索が行われる(図12-4-13).
d.[18F]-フルオロデオキシグルコース(FDG)-ポジトロン断層法(PET)
 FDGは体内でのグルコース代謝の亢進部位に集積するため,悪性疾患の部位診断(PET-CT)とstandardized uptake value(SUV)値を用いた質的診断に用いられている.甲状腺癌では術後のフォローアップや転移巣の検索などで利用される.一部の橋本病患者でもびまん性に甲状腺に集積することがあり,SUVも高値を呈することがあるので注意する.一方,甲状腺髄様癌では通常FDGの集積は低いため診断としては用いられない. 〔橋本貢士・森昌朋〕[中村浩淑]
■文献
Braverman LE, Utiger RD, eds: The Thyroid, 9th ed, Lippincott-Raven Publishers, Philadelphia, 2005.
Kamijo K, Murayama H, et al: Thyroid, 21: 1295-1299, 2011.
Melmed S, Polonsky KS, et al: Williams Textbook of Endocrinology, 12th ed, Saunders, Philadelphia, 2011.
Wondisford FE, Radovick S, eds: Clinical Management of Thyroid Disease. Saunders Elsevier, 2009.
Yamada M, Saga Y, et al: Proc Natl Acad Sci USA, 94:10862-10867, 1997.
横澤 保ら:綜合臨牀,54: 1242-1247, 2005.

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改訂新版 世界大百科事典 「甲状腺機能検査」の意味・わかりやすい解説

甲状腺機能検査 (こうじょうせんきのうけんさ)
thyroid function test

バセドー病など甲状腺の病気などに際し,甲状腺の機能を調べる検査。甲状腺の機能検査を大別すると,(1)ホルモンの生成,分泌,(2)調節機序,(3)形態,(4)ホルモンの作用状態,(5)免疫の異常の有無等についての検査に分けられる。(5)は機能検査とはいえないが,甲状腺疾患と関連しだいじな検査である。

(1)ホルモン生成,分泌の検査 血中の甲状腺ホルモン濃度を測定する。血中の甲状腺ホルモンはほとんどがタンパク質と結合しており,通常は結合したものと遊離しているものを合わせて測定している。しかし,甲状腺ホルモンが細胞内に入り,その作用を発揮するためには遊離型でなければならないので,疾患によっては遊離ホルモンの測定も必要である。いずれの測定も,ラジオイムノアッセー法により容易となった。血中のホルモン濃度以外に,ホルモン結合タンパク質(チロキシン結合グロブリン。TBGと略し,チログロブリンともいう)の測定も甲状腺機能の判定に参考となる。その他の検査として,甲状腺がホルモンの材料となるヨウ素をどの程度活発にとり込んでいるかを知ることは最も重要であり,これは放射性同位体,ヨウ素131(131I)あるいはヨウ素123(123I)の24時間甲状腺摂取率で判定する。

(2)調節機序の検査 視床下部,脳下垂体,甲状腺系の調節が正常か否かを推定するために,血中甲状腺刺激ホルモン(TSH)の濃度の測定やTSH分泌ホルモン(TRH)の刺激によるTSHの分泌増加をみるTRH試験などが行われる。過剰の甲状腺ホルモンを摂取すると脳下垂体からのTSHの分泌は抑制され,甲状腺の機能も抑制された状態となる(このような反応をネガティブ・フィード・バックnegative feed backという)が,この調節はきわめて重要でバセドー病の患者ではこれがうまくいっていない。実際にはホルモンの一つであるトリヨードチロニン(T3)を摂取し,その後131Iあるいは123I甲状腺摂取率を測定し,摂取率の減少をみる(T3抑制試験)ものである。

(3)形態についての検査 甲状腺の形,位置の異常を知るのに有効であり,甲状腺スキャン,CTスキャン,超音波診断法などがある。

(4)ホルモンの作用の検査 全身の酸素消費量を調べその代謝の程度を知るための基礎代謝率basal metabolic rate(BMR)がある。機能亢進症では上昇し,機能低下症では減少する。この範疇(はんちゆう)に入るものとしてはそのほか,血清のコレステロール濃度,クレアチンホスホキナーゼ(cpk)活性の測定などがある。

(5)免疫の異常についての検査 甲状腺組織に対する自己抗体の有無を検出する抗チログロブリン抗体あるいは抗ミクロソーム抗体価の測定は,橋本病やバセドー病の診断に必要である。また,バセドー病患者では血中の甲状腺刺激免疫グロブリンの測定も病因と関連して重要である。

(6)その他の検査 甲状腺の生検,頸部の軟X線写真,血中チログロブリン濃度の測定等は,甲状腺の腫瘍の診断には欠かせないものである。
執筆者:

出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報

世界大百科事典(旧版)内の甲状腺機能検査の言及

【トレーサー】より

…ある現象や過程で,対象とする物質の挙動を追跡する目的で加える物質をトレーサーという。追跡子と呼ばれることもある。トレーサーは,追跡しようとする対象物質とまったく同じ挙動をすること,および追跡の過程で検出が容易であることが必要である。このため放射性同位体が利用されることが多く,放射性トレーサーといわれる。一方,安定同位体をトレーサーとして使用することもあり,この場合は安定同位体トレーサーと呼ばれる。大量の放射性トレーサー使用を必要とする場合には,放射線障害防止のため実験が困難となり危険も伴うので,安定同位体をトレーサーとして使用し,実験中にトレーサーを含む試料を採取した後,これを放射化してトレーサー量を決定する場合があり,アクチバブル・トレーサーと呼ばれる。…

※「甲状腺機能検査」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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