石出常軒(読み)いしで・じょうけん

朝日日本歴史人物事典 「石出常軒」の解説

石出常軒

没年元禄2.3.2(1689.4.21)
生年:元和1(1615)
江戸時代の歌人・国学者。名吉深,常軒は隠居後の号。江戸小伝馬町の牢屋敷内に住む牢屋奉行石出帯刀義長の養子。24歳で石出家3代目として家職に就き,明暦の江戸大火(1657)に際して初めて「切放し」を行うなど,職務上のその仁徳は高く評価された。はやく忌部神道広田坦斎に学び,山鹿素行を同門の友として,山崎闇斎にも神道を指導したといわれる。在職中から歌学や源氏物語研究にいそしんだ。6年余りで認めた大著『窺原抄』62冊(1685年完成,未刊)は季吟の『湖月抄』と並んで近世初期の源氏注釈として名高い。<参考文献>滝善成「囚獄の国学者石出常軒の事績について」(『日本歴史』1973年11月号),重松信弘『新攷源氏物語研究史』

(ロバート・キャンベル)

出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「石出常軒」の解説

石出常軒 いしで-じょうけん

1615-1689 江戸時代前期の武士,国学者。
元和(げんな)元年生まれ。江戸小伝馬(こでんま)町の牢屋奉行石出家の養子となり,寛永15年家職をつぐ。明暦の江戸大火のとき,町奉行に無断で,帰牢を条件に囚人を解放(史上最初の牢払い)。国学や和歌連歌にしたしみ,「源氏物語」の注釈書「窺原(きげん)抄」などをあらわした。元禄(げんろく)2年3月2日死去。75歳。本姓は本多。名は吉深(よしふか)。通称は帯刀(たてわき)。

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