高坂王(読み)たかさかおう

朝日日本歴史人物事典 「高坂王」の解説

高坂王

没年:天武12.6.6(683.7.5)
生年:生年不詳
7世紀後半の皇親壬申の乱(672)のときに近江朝廷方の「倭京留守司を務めていた。大海人皇子(のちの天武天皇)方に対抗して飛鳥寺西にあった槻の下に陣を敷き,大海人皇子要請を拒否して駅鈴を発給しなかったが,大伴吹負攻撃を受けて大海人皇子に降った。その後の消息は明らかでないが,三位で死去した。

(橋本義則)

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デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「高坂王」の解説

高坂王 たかさかおう

?-683 飛鳥(あすか)時代官吏
壬申(じんしん)の乱(672)の際,飛鳥京の留守司として大海人(おおあまの)皇子(天武天皇)の駅鈴発給の要請を拒否する。のち大伴吹負(おおともの-ふけい)の攻撃をうけて屈服し大海人軍にしたがった。天武天皇12年6月6日死去。

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