〘形ク〙 (「あいなし」か「あひなし」かは不明)
① (するべきでないことをしたのを非難していう) あるまじきことである。けしからぬことである。不都合である。不届きである。よくない。
※
蜻蛉(974頃)下「おとりまされりはみゆれど、さかしうことわらんもあいなくて」
② そのことが見当違いである。筋違いなことで当惑する。不当である。いわれのないことである。
※枕(10C終)八七「雪のいと多く降りたるを、うれしうもまた積みたるかなと見るに、『これはあいなし。はじめの際をおきて、いまのはかき棄てよ』と仰せらる」
③ そんなにまでしなくともよいのにしている。度を越していて、よくない。
※蜻蛉(974頃)中「つひにたづねいでて、流し奉ると聞くに、あいなしと思ふまでいみじうかなしく」
④ そうしても仕方がないのに、している。いまさらはじまらない。むだである。無益である。
※蜻蛉(974頃)中「露けさは、なごりしもあらじと思う給ふれば、よそのくもむらもあいなくなん」
※蜻蛉(974頃)中「さはれ、よろづに、この世のことは、あいなく思ふを」
⑥ おもしろみがない。かわいげがない。
情緒がない。
※枕(10C終)三七「梨の花、〈略〉げに、葉の色よりはじめて、あいなく見ゆるを」
(イ)
常軌を逸してそのことがなされるさまをいう。むやみに。やたらに。むしょうに。しきりに。
※
落窪(10C後)一「あこぎ、あいなくいとほしけれど、さてはいり居たらねば、まゐりて見るに」
(ロ) そうしても仕方がないのに。無意識のうちについ。なんとなく。
※
源氏(1001‐14頃)
須磨「うたひ給へるに、人々おどろきて、めでたう覚ゆるに、忍ばれで、あいなう起き居つつ、鼻をしのびやかにかみわたす」
[語誌]表記は「あひなし」もあるが、ハ行転呼音後の
混用から生じたか。語源としては、「愛無し」「間
(あはひ)無し」「あやなし」「合無し」「あへなし」「飽い無し」など諸説がある。平安中期に多く用いられ、妥当性や
道理がない、不都合だという意が基本だから、「合無し」説がよいが表記に難があり、「あいなし」に少し先行する「あやなし」の音便説が有力。「あやにく→あいにく」、「あやまち→あいまち」など単母音「あ」の直後の「や」が「い」に変化する例と同様か。
あいな‐さ
〘名〙