改訂新版 世界大百科事典 の解説
アウストロネシア語系諸族 (アウストロネシアごけいしょぞく)
アウストロネシア語族つまり南島語族ないしマレー・ポリネシア語族に属する言語を用いる諸族の総称。その分布域は東はイースター島から西はマダガスカル島にまで及ぶが,その原郷は,中国大陸南部かあるいは台湾であったと考えられる。その理由は,アウストロネシア語族のなかで最も早く分岐したと思われる台湾諸語が台湾にあり,アウストロネシア語と親縁関係があると思われるアウストロアジア諸語やカダイ諸語が華南からインドシナにかけて分布しているからである。
アウストロネシア語系諸族の初期の移動とその考古学的痕跡については,まだ十分に明らかではないが,台湾における縄蓆文(じようせきもん)土器文化は,今日のアタヤル語の祖先に当たるある初期アウストロネシア語と結びつき,年代は前4000年あるいはそれよりさらに前にさかのぼるという説もある。台湾から南にフィリピンに出,そこからインドネシアにひろがったのはヘスペロネシア語派で,新石器時代のうちに西部インドネシアにまでひろがり,そのなかから紀元前後ごろにインド洋をこえてマダガスカルにもその話し手が住みつくようになってきた。アウトリッガー(浮木)つきのカヌー,稲作,ピストン型のマレー式韛(ふいご)による鍛冶技術などがアウストロネシア語とともにインドネシアからマダガスカルにひろがった。太平洋を東に進んだオセアニア語派の起源地は,東南アジア島嶼部のどこかであったと思われるが,明らかでない。ニューギニアから東へポリネシアに向かう足どりは,ラピタ式土器文化によってあとづけることができる。前1000年を中心とする数百年間のうちに,新石器的な文化段階において,アウストロネシア語を話す人々はメラネシア島嶼部の大部分と西部ポリネシアに地歩を固めた。その過程で彼らは,この地域の広範な島々にもタロイモやヤムイモのような栽培植物や,豚,犬,鶏のような家畜を持参したが,このような島の世界への進出は,彼らがアウトリッガーつきのカヌーという航海手段をもっていたことにより,はじめて可能となったものである。
アウストロネシア語系諸族はその移動と発達の過程において,ジャワやスマトラ,バリなどに高い文明を生み出し,また中部ベトナムのチャンパ文明も彼らのつくったものであった。他方,近年まで採集狩猟段階にあったルソン島のネグリトは固有の言語を失い,アウストロネシア語系の言語を採用した。ニューギニアとメラネシアの一部地域では,アウストロネシア語系諸族は先住のパプア(非アウストロネシア)系諸族とあちこちで接触したが,その結果彼らがいかなる,またどの程度の変化を文化,言語においてこうむったかについては,まだ定説はない。
アウストロネシア語系諸族の親族組織の原型は,双系出自に基づいたものと考えられ,非単系的な親族集団が土地所有の単位として重要な役割を果たしたと言われ,ポリネシアやミクロネシアでは近年までその実例があった。東南アジア,オセアニアにおける農耕起源神話の諸形式のうちで,アウストロネシア語系諸族の世界にほとんど普遍的に分布し,かつこの地域の他の諸族の所ではそれほど著しい結びつきを示していない神話形式は,神や人の死体から作物が発生した形式である。ただ台湾にはこの神話形式が見られず,またアウストロネシア語系諸族が一般的に保持しているアウトリッガーつきのカヌーや高床住居もほとんど,あるいは完全に欠如しているのが目につく。これらの要素は,台湾諸語がアウストロネシア語族の主流から分岐したのちにつけ加わった要素かもしれない。
執筆者:大林 太良
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報