日本大百科全書(ニッポニカ) 「アメリカ神話」の意味・わかりやすい解説
アメリカ神話
あめりかしんわ
南北両アメリカ大陸の先住民から採集された民間伝承(フォークロア)folkloreのすべてを、ここではアメリカ神話という。現代までに神話、民話、昔話、説話、伝説などのジャンルとして採集された、物語性をもった「話」の全体である。また新大陸発見後にヨーロッパその他からもたらされ、先住民に受け入れられて伝承されたものも含めたい。したがって、物語性、無名性、伝承性にフォークロアとしての共通項をもつ。
採集されたもっとも古いものは、コロンブスの時代(15世紀末)にさかのぼり、カリブ海のバハマ諸島先住民の断片的神話が記録されている。また、その後クロニスタによって、16世紀から17世紀にかけて、アステカ、マヤ、インカなどの神話が記録された。ビラコチャ創造神話、インカの始祖伝説などである。ブラジルのトゥピナンバ人の神話も、テーベによって早くから集められている。また、その後も旅行者や探検家、神父たちによって収集されたが、民族学研究の対象とされるようになったのは、20世紀になってからである。とくに、ドイツ生まれの人類学者ボアズが、北アメリカでの組織的な採集と研究を始めたのが特筆される。南アメリカでは組織的な採集記録はみられず、コッホグリュンベルグ、スタイネン、メトロー、ニムエンタジュ、ロースなどがアマゾン、オリノコ流域の部族から採集をした。
神話は、世界がまだ現代の姿をとっていない、始源時代に起きたできごとを語り、人間がまだ現在の慣習や技術をもっていないときのことを述べる。これに対し民話は、一種の歴史的できごととして、神話とは区別するのがアメリカ・インディアンの間では普通といわれる。ネブラスカ州の先住民やウィネベーゴ人などは、物語を神話と歴史にきちんと区別している。
神話研究の一つの方向として、内容の心理学的解釈がある。ズニ人神話を分析したベネディクトは、部族の生活、制度、慣習に対し、神話の内容にある白昼夢あるいは代償作用の機能を強調した。たとえば「試練」のモチーフについての解釈があるが、これは神話の分布を無視したものといえよう。同じような神話内容は、別の異なる部族にもみられるからである。この点で、ボアズは早くから歴史的伝達の跡づけを強調していた。
北アメリカの神話を、その内容で分類を試みたトムソンによれば、まず第一に、神話的物語から、今日の秩序状態が出現するに至る経緯を説明する。神格や英雄がしばしば登場し、動物、部族、事物、制度、あるいは世界そのものの起源を語る。ただし、ボアズが指摘するとおり、アメリカには真の創造神話をみいだすことはむずかしい。もっとも、起源神話はすべての地域でみられるし、ズニ人やカリフォルニア先住民には、世界創造神話らしきものも存在しているが、内容が希薄である。
第二の分類には、トリックスターtrickster(いたずら者、詐欺師の意)の行動を語るものがあり、主人公はワタリガラス、コヨーテ、ウサギなどの小動物であったり、人間や神であったりする。アメリカ神話では、このトリック性は重要な位置を占める。トリックスターには両義性があり、その行動の結果として、さまざまの起源を示すことがある。北西海岸先住民の話では、ワタリガラスが自分の欲望のために太陽を盗み、その結果として人間が太陽の光を手に入れる、といった内容になっているし、文化英雄もしばしばトリックを用いている。
三番目として、現在にも通用する人間生活に関したものがあり、主人公の経験するさまざまな非現実的なできごと――変身、魔法、非現実世界、死者の世界、人食い、動物との交流や結婚など――を盛り込んでいる。一般的にこれらの物語には、部族の生活や環境などが背景に息づいていて、興味深い。テーマは主として英雄たちの冒険で、危機から逃れるとか、試練に打ち勝つようすが描かれている。北アメリカ北西海岸では、英雄冒険に冥界(めいかい)訪問が加わっており、上の世界(天国)と下の世界(現実)、そこに渡っていく世界、星の世界などがあり、天の窓、長い長いロープ、虹(にじ)の橋などが異なる世界を仲介するものとして登場する。地上の女と結婚する星の国の男の話は、広く北アメリカに分布する。
神話の内容は、特徴的な分布を示す。エスキモーには説明神話が少ないし、トリックスター性も弱い。そのかわり、動物・怪物物語が多い。プラトー諸族では英雄トリックスターが顕著だし、北アメリカ北西海岸ではワタリガラスがトリックスターで、儀礼やランク社会に根ざしたものが多く、死者の世界を訪問する話も一般的である。カリフォルニアには創世神話とトリックスターが顕著で、プレイン諸族はトリックスターと英雄神話が目だつ。
たくさんのアメリカ神話のなかで、もっとも広く分布し際だっているのは文化英雄者、文明教化者で、しばしば至高の神とされる。神が世界をつくり、人間を住まわせ、人間世界に現れて技術、制度、慣習を定めておいて去っていく、という構成が多く、神の再来を期待されることがある。ある場合には主人公が双子で、対照的な性格をもっている。
アルゴンキン人の神話では、ウサギが動物の主(ぬし)で、狩猟、漁労の技術を人間に教え、儀礼を与えた。そしてミチャボ(オオウサギ)が水底から土を持ってきて大地をつくりだしたとなっている。アステカには、ケツァルコアトル神話があり、テスカポリトカ神との戦いとして世界の状態を示している。インカのビラコチャ神は創造主として君臨する。
いくつかの南アメリカ神話は、天体起源神話、洪水神話などにみられるように、明らかに北アメリカとの共通性を示している。両大陸間に文化の伝播(でんぱ)があったという可能性は、早くからエーレンライヒによって指摘されていた。そのせいか、南アメリカでも創造神話の性格は弱いが、太陽、月、星座などの天体の起源、動物、植物、人間、火の起源、あるいは部族の起源を扱ったものが多い。ブラジル領アマゾンのジェ語族の神話によれば、人間はもともと火の専有者であったジャガーから火を手に入れた、とされている。さらに別の神話群によると、火の専有者はハゲタカであり、神話の主人公(神格や文化英雄)がこれをだまして火を人間界にもたらしたと説いている。このように、南アメリカ神話の主人公にもトリッキーな性質は備わっているが、北アメリカの場合ほど顕著ではないようだ。レビ・ストロースが指摘するように、火はすなわち料理の起源そのものであり、したがって栽培植物の起源や、獲物動物の起源との間に構造上の一貫性を保っている、ともいえそうである。
[友枝啓泰]