改訂新版 世界大百科事典 「アルゴナウタイ伝説」の意味・わかりやすい解説
アルゴナウタイ伝説 (アルゴナウタイでんせつ)
アルゴナウタイArgonautaiとは,ギリシア神話で金羊毛を獲得するために英雄イアソンが企てた遠征に参加した一群の英雄の総称で〈アルゴ船の乗組員たち〉の意。彼らにまつわる冒険譚が《アルゴナウティカ(アルゴナウタイ物語)》といわれ,ホメロスさえ周知の物語として言及する古い伝説で,ヘレニズム時代のロドスのアポロニオスの作品をはじめ,ほかに2編この表題の叙事詩が伝存する。細部については多々異説はあるが,以下に概要を記す。
テッサリアのイオルコスの領主アイソンAisōnは異父兄弟のペリアスPeliasに王位を奪されたが,その折息子のイアソンは英雄の教育者として名高いケンタウロスの長ケイロンCheirōnに預けられた。成人したイアソンは帰国を志し,途中ヘラ女神が変装した老婆の渡河を助け,片足のサンダルを失ったままの姿でペリアス王の前に現れ,王位の返還を求めた。〈片足だけサンダルをつけた男に王位を奪われる〉とのかつての神託を思い出した王はろうばいし,王位返還の条件に難題を申しつけた。それは王の従兄にあたるフリクソスPhrixosの霊を弔うため,黒海の奥コルキスの国に出かけ金羊毛を取り返すことであった。遠征を決意したイアソンのもとにはヘラの導きで50人余の英雄が全ギリシアから参集した。船大工のアルゴスArgosはアテナ女神の加護のもと50人の櫂座をもつ人類最初の大船を造り,アテナみずから,有名なゼウスの神託所ドドナの森のカシ材から人語を発する不思議な木片を造り,へさきに取りつけ,アルゴ船(〈迅速号〉ほどの意)と名づけた。乗組員には隊長のイアソンのほか,ペレウス,テセウス,アドメトスAdmētos,オルフェウス,メレアグロス,ヘラクレスなど,トロイア戦争の英雄の1ないし2世代前の有名な英雄が名を連ねた。往路のおもなできごととしては,女だけの島レムノスで歓迎され長逗留したこと,ミュシアではヘラクレスの連れヒュラスHylasがニンフにさらわれ,ヘラクレスは彼を探して遠征を中断したこと,黒海の入口の難所シュンプレガデス(〈打合い岩〉の意)を予言者フィネウスPhineusの助言で乗り切ったことなどが普通語られる。イアソンがコルキス王アイエテスAiētēsに金羊毛を求めると王は二つの難題を出した。青銅の足をもち,口から火を吐く牡牛を軛(くびき)につけ,アレス神の聖地を耕すこと。そこに王の与える竜の歯を播き,生まれ出る武装の勇士たちを討ち果たすことであった。二つとも,イアソンに恋した王女メデイアの魔法の薬と助言とでなし終えたが,王は金羊毛を渡そうとしないので,これを守る百目の竜をやはりメデイアの助力で眠らせ,やっと手に入れることができた。遠征隊はメデイアとその弟とを伴って帰航の途につく。父王の急追から逃れるため,メデイアは弟を殺し,ばらばらにして海に投じた。帰路についても《オデュッセイア》に似た幾多の海上冒険譚とともに,さまざまな時代におけるギリシア人の地理的関心と知識とを反映していろいろな道筋が伝えられている。この物語はその大枠をはじめ,個々のエピソードには昔話的色彩が濃厚であるが,初期ギリシア人の航海経験,とりわけ前7世紀に黒海沿岸にまで及んだミレトス市の植民活動が大きく影を落としていると考えられている。なお主人公イアソンとメデイアの後日譚はエウリピデスの悲劇《メデイア》により知ることができる。
執筆者:辻村 誠三
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報