日本大百科全書(ニッポニカ) 「ニンフ」の意味・わかりやすい解説
ニンフ
にんふ
Nymphe
ギリシア神話の自然界の精。その性質やすみかによって、川や泉の精(ナイアデス)、水の精(ヒアデス)、樫(かし)または木一般の精(ドリアデス)、トネリコの精(メリアイ)、山の精(オレイアデス)、森の精(アルセイデス)、牧場の精(レイモニアデス)などに分けられるが、このほかアケロオス川の精(アケロイデス)、ニサ山の精(ニシアデス)、アレトゥサの泉の精(同名)、ロードス島の精(ロデ)のように、地名と結び付いたものもある。ギリシア語のnymphēが「若妻、若い娘」を意味するように、神話上のニンフはすべて美しい女性であり、神でも人間でもなく、また不老長寿ではあるが不死ではない。民間信仰では、草木の栄えや家畜の繁殖、健康、預言の力などを授けてくれる恵み深い下位神格として、森や祠(ほこら)などに祀(まつ)られていた。
ニンフたちは狩りの女神アルテミスに従って山野に遊び暮らすが、処女神とは正反対に、恋に対しては非常に積極的で(病理学用語ニンフォマニアnymphomaniaはこれにちなむ)、ゼウスやアポロン、ヘルメスなどの有力な神々の愛を受ける一方、パンやシレノス、サティロスといった好色な牧神たちとも戯れ、人間の美青年にも恋をしかけた。森のニンフのエコー(こだま)はナルキッソスへのかなわぬ恋にやつれ死に、海のニンフのガラテイアは一つ目の巨人ポリフェモスを恋の虜(とりこ)にした。またエケナイスは、誠実を誓ったダフニスがほかの女に誘惑されたことを知って彼の視力を奪い、ヘラクレスの侍童ヒラスはその美しさのために、ペガイの泉のニンフたちによって水の中へ引き込まれた。オルフェウスの妻として名高いエウリディケは、木のニンフである。
なお、これにあたるラテン語リンパlymphaが「澄んだ水」を意味することから、古人は色のついた血液に対し、透明な体液をリンパ液と名づけた。
[中務哲郎]