イブン・ズフル(読み)いぶんずふる(その他表記)Abū Marwān ‘Abd al-Malik Ibn Abi'-l-‘Alā' Zuhr

日本大百科全書(ニッポニカ) 「イブン・ズフル」の意味・わかりやすい解説

イブン・ズフル
いぶんずふる
Abū Marwān ‘Abd al-Malik Ibn Abi'-l-‘Alā' Zuhr
(1113?―1162)

イスラムの医家、思想家。ラテン名をアベンゾアールAvensoarという。セビーリャ出身祖父、父ともに医家で、とくに父は見識が高く、当時広く聖典視されていたイブン・シーナーの『医学典範』の価値を認めず、その書冊の紙片反故(ほご)同然に扱ったと伝えられる。イブン・ズフルは臨床医としての勉学に努め、名声を博するに至った。臨床経験をなによりも重要と考え、自らの判断に基づき独自の医説をたてた。その根拠とするところはガレノスの所説であるが、ときとしてそれに反対意見を表明している。

[大鳥蘭三郎]

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改訂新版 世界大百科事典 「イブン・ズフル」の意味・わかりやすい解説

イブン・ズフル
Ibn Zuhr
生没年:1091か94-1161か62

セビリャに生まれ死んだ医者。西ヨーロッパではアベンゾアルAvenzoar(またはAbhomeron)とのラテン名で知られた。スペインにも勢力を持つモロッコの王朝ムラービト家の侍医となり,ムワッヒド家に替わった後も仕えた。《精神と肉体を調和させる正しい環境の書》《治療と食餌の書》などを著し後者は《Altersir(Theisir)》という名でラテン語に訳された。縦隔洞膿瘍mediastinal abscessの記述を含むが,著者自身この症状を持っていたらしい。気管切開術のような手術法への言及もある。
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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「イブン・ズフル」の意味・わかりやすい解説

イブン・ズフル
Ibn Zuhr

[生]1090頃.セビリア
[没]1162. セビリア
アラブ系の医師。ラテン名アベンゾア Avenzoar,または Abumeron。中世イスラム圏の優れた思想家でもあるが,医学上の空理空論は好まず,事実と実践を重んじた。ムワッヒド朝の初代アブドゥル・ムウミンの侍医を務め,大臣として長年仕えた。医学関係の著書のうち3点が現存する。なかでも『治療と養生提要』 al-Taysīrfi al-mudāwat wa al-tadbirは有名で,そこには心膜炎,縦隔膿瘍,気管切開術,白内障手術,腎結石摘出術などについて述べている。彼の医学書はヘブライ語とラテン語に訳され,ヨーロッパに多大な影響を与えた。

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