改訂新版 世界大百科事典 「イルティザーム」の意味・わかりやすい解説
イルティザーム
Iltizām
17世紀後半以後,オスマン帝国支配下のエジプト,歴史的シリア,イラク,トルコ,バルカン各地において実施された徴税請負制。イスラム諸王朝における徴税請負制の歴史そのものは古いが,とくにこの名でよばれる制度は,イクター制,ティマール制を基礎とする中世イスラム社会の基本的社会組織を解体させる一因となった。オスマン帝国は,エジプトをのぞく上述の地域に,当初ティマール制とよばれる軍事封土制を適用し,エジプトは全土をあげてスルタンの直轄領(ハス)とされた。16世紀末以後,貨幣経済の拡大,軍人・官僚組織の膨張,戦利品収入の縮小などを原因として帝国財政が逼迫すると,スルタンや高官は自己の所領における徴税権を,税額を前払いして徴税を請け負う,徴税請負人(ムルタジム)に一任した。のちにはこの制度が帝国内のすべての税目に対して適用されるようになると,ティマール制は形骸化した。請負の方法は,首都イスタンブールにおいて,当初ムカーターとよばれた各租税項目が毎年競売に付されたが,17世紀以後請負期間が3年ほどに延長され,同世紀末には終身徴税請負制に部分的に移行した。この制度は,それ自身何人もの徴税請負人を介在させることによって過酷な搾取につながったが,18世紀以後は,これを財政的基盤とした在地の有力者(アーヤーン)によるチフトリキ(私的大土地所有)と結びつき,帝国支配のかなめである中央集権体制を形骸化させ,帝国解体の契機となった。タンジマート以後この制度は,しだいに廃止の方向に向かったが,ウシュル(十分の一税),家畜税などの基本的税目についてはなお残され,この制度が完全に廃止されるのは共和国時代(1925-)のことである。
執筆者:永田 雄三
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報