日本大百科全書(ニッポニカ) 「ウミグモ」の意味・わかりやすい解説
ウミグモ
うみぐも / 海蜘蛛
sea spider
節足動物門ウミグモ綱Pycnogonidaの海産動物の総称。この動物群は、皆脚類(かいきゃくるい)、厚節類(こうせつるい)ともいう。体に4対の歩行肢(し)をもち、外形がクモに似ているのでこの名がある。化石は古生代デボン紀後期に数種発見されているだけで、体の構造や発生の様式なども、クモ類をはじめほかの節足動物とは異なる。進化の系統は明らかでなく、特異な一群である。
[中村光一郎]
形態
体は、頭、胴、腹の3部からなり、頭部には鋏肢(きょうし)、触肢、担卵肢の3対の付属肢がある。担卵肢は、ウミグモ類特有のもので、雄によく発達し、卵塊を保持する役目をする。また、頭部先端の吻(ふん)で食物を吸い込む。頭部背面には四つの単眼からなる眼丘が突出している。胴部には4対の細長い歩行肢があり、雄ではセメント腺(せん)とよばれる粘着液を分泌する器官を備え、雌の産んだ卵をその粘着液で自分の担卵肢に付着させる。腹部は単節で小さく、先端に肛門(こうもん)が開く。消化管は鋏肢と各歩行肢のなかに分枝している。
[中村光一郎]
生態
世界中の寒帯から熱帯の海洋に分布し、潮間帯から6000メートルの深海まで知られている。成体は自由生活をし、海中を遊泳したり、海底を歩行したりする。生殖は体外受精で、受精卵は雄の担卵肢に保持されて発生する。幼生はプロトニンフォンとよばれ、3対の付属肢をもち、甲殻類のノープリウス幼生に似ているが、両者の間の類縁関係はない。プロトニンフォン幼生の多くは、ほかの動物に寄生し、そこで脱皮をして変態成長するが、脱皮のたびに歩行肢を1対ずつ増やしていく。ツメナガウミグモでは、受精卵が成熟するまでに約5か月かかるが、ほかの種についての生活史はほとんど知られていない。
[中村光一郎]
分類
現生種は世界で約800種、日本近海には約100種が知られており、すべて真皆脚目Pantopodaに含まれている。分類には、頭部付属肢の有無や形状などが重要な形質であり、次の9科に分けられている。
(1)ユメムシ科Nymphonidaeは、雌雄とも担卵肢は10節、鋏肢は2節で鋏(はさみ)は強大、触肢は5節ある。水深50メートル以上にすむものが多い。この科の代表種イトユメムシNymphon japonicumは、暖流系で体長15ミリメートル。鋏は大形で内縁に多くの歯をもち、歩行肢の端爪(たんそう)は副爪が長く、主爪のなかばに達する。
(2)カニノテウミグモ科Callipallenidaeは、雌雄とも担卵肢が10節、鋏肢は2~3節、触肢は雌にはなく、雄でも退化的で小形、または欠く。プロトニンフォン幼生期のない種もある。この科の代表には暖流系のツメナガウミグモPropallene longicepsがある。体長3ミリメートル以下の小形種で、雌雄とも担卵肢があるが、雄のものが著しく長く、端部に羽状棘(うじょうきょく)が列生し、端爪を欠く。アマモ帯などにすみ、夜間表層を遊泳するのでネットで採集できる。
(3)ホソウミグモ科Phoxichilidiidaeは、鋏肢は2節で、よく発達する。担卵肢は5または6節で、雄だけにある。触肢はない。眼丘は頭部の前端にある。この科の代表種ホソウミグモPhoxichilidium ungellatumは、暖流系で体長約5ミリメートル、担卵肢は5節。セメント腺が約15個開口する。潮間帯から水深1000メートルまで分布域が広い。
(4)ミドリウミグモ科Endeidaeは、暖流系で、担卵肢は7節で雄だけにあり、鋏肢、触肢を欠く。歩行肢は長く、端爪は主爪、副爪ともよく発達する。この科にはミドリアバラムシEndeis mollisがあり、体長約5ミリメートル、潮間帯を含む浅所にすむ。
(5)イソウミグモ科Ammotheidaeは、鋏肢は成体になると退化して突起に変わる。担卵肢は9または10節、触肢は4~10節である。潮間帯の海藻の中や礫(れき)の下などで発見される。この科の代表種シマウミグモAmmothea hilgendorfiは、体長約5ミリメートル。担卵肢は10節で、雌雄にあるが雄が著しく長く、末端は爪(つめ)状となる。胴、歩行肢には赤褐色の斑(ふ)があるのが特徴である。日本を含む北太平洋一帯に広く分布する。
(6)スイクチウミグモ科Austrodecidaeは、吻が細い吸管状で環節をもつ。担卵肢は雌雄とも著しく退化し4~7節、触肢は5または6節でよく発達し、鋏肢を欠く。体長2ミリメートル以下の小形のものが多く、ほとんどの種は南緯40度以南より発見されている。日本近海より報告されているスイクチウミグモAustrodecus tubiforumは、体長約1.6ミリメートル。相模(さがみ)湾の水深約200メートルにすむ。
(7)オオウミグモ科Colossendeidaeは、鋏肢を欠き、触肢、担卵肢は各10節。いずれの種も大形で体長10ミリメートル以上になり、歩行肢も体長の数倍から数十倍もある。水深50メートル以深に生息することが知られているが、生活史は不明。この科の代表種ベニオオウミグモColossendeis colosseaは世界最大種で体長85ミリメートル、歩行肢は350ミリメートルに達する。世界中の冷水域に分布し、4000メートルの深海から採集された記録がある。
(8)イボウミグモ科Rhynchothoracidaeは、雌雄とも担卵肢が10節、触肢は4または5節、鋏肢は成体では退化消失する。体表は粒状突起で覆われる。日本近海では発見されていない。
(9)ヨロイウミグモ科Pycnogonidaeは、鋏肢、触肢を欠き、担卵肢は雄だけにあって6~9節。体全体が頑丈で、体表に顆粒(かりゅう)状突起がある。この科の代表種、ヨロイウミグモPycnogonida tenueは体長約8ミリメートルで、担卵肢は5節、末端に鉤(かぎ)づめがあり、背部中央に突起が縦列する。水深40メートル以深にすむ。
[中村光一郎]