民法は,法律上の婚姻が成立するための要件として届出を要求している(民法739条)。しかし,届出をせずに事実上の夫婦として生活する男女が多く,その法的効力が問題とされてきた。そのような夫婦の関係を内縁関係,あるいは単に内縁という。そしてこのような夫婦を〈内縁の夫婦〉と呼んでいる。
日本において,内縁の夫婦が数多く発生した原因については,いろいろいわれているが,その主たる理由は,民法における届出婚制度が,日本の旧来の慣習と異なるものであり,民衆の意識になじみにくいものであったこと,民法旧規定(明治民法)における〈家〉制度によって,たとえば法定推定家督相続人たる女子が,婚姻によって去家することを禁止されていたことなどであった。
内縁をめぐる法律問題は,第1に,それがいかなる要件のもとに成立するかという点である。第2は,これに対しいかなる法的効果を認めるかという点である。民法はこれらの問題について規定を有していないので,判例法によって,その法的規整が行われてきた。判例は,内縁の夫婦関係を婚姻(の)予約としてとらえてきたが,明治民法施行後,大審院は,婚姻予約を公序良俗違反のゆえに無効としてきた。1915年1月26日大審院民事連合部判決(婚姻予約有効判決)によってはじめてその効力が認められ,正当の理由なく違約をした者に,損害賠償の責任があるとされた。その後,婚姻予約ないし内縁の成立要件と法的効果について,判例法が形成されてきた。
婚姻予約ないし内縁が有効に成立することは,これに法的効果を認めるための前提である。成立要件として問題となるのは,第1に成立方式(積極的成立要件)と,第2に障害事由(消極的成立要件)である。
内縁の夫婦を婚姻予約という概念でとらえる場合には,将来婚姻を成立させる旨の意思の合致のあることがその成立要件であるが,判例のうえでは,婚姻予約が成立するために,意思の合致のほかに,なんらかの儀式または同棲のような事実が必要であるか否かが問題とされてきた。意思の合致の立証の手段として,あるいは社会常識として,婚姻予約ないし内縁の成立に儀式ないし同棲が必要とされるためであるが,判例は,古くから,婚姻予約の成立には,一定の儀式は不要であり,将来婚姻を行おうとする誠心誠意の意思の合致があればよいとしてきた。最高裁判所も,この立場を支持している(1963年最高裁判所判決)。学説は,内縁の成立には,当事者の将来婚姻を行おうとする意思の合致のほか,事実上の夫婦としての共同生活の存在が必要であるとしている。
法律上の婚姻には適齢がある(民法731条)。婚姻予約ないし内縁について,その準用の有無が問題となる。まったく適齢を考慮する必要がないとは言い切れないが,判例は,婚姻予約の成立には意思能力があれば足りるとし,法定の婚姻年齢を必要としないとしている。
すでに配偶者のある者は重ねて婚姻をすることができない(732条)。同様の問題が内縁にも生ずる。すでに配偶者のある者が,重ねて他の者と婚姻予約ないし内縁関係を生じた場合であり,このような重婚的婚姻予約ないし内縁は,公序良俗に反するので,原則として無効とされる。当事者の一方が相手方に配偶者のあることを知らない場合,およびすでに配偶者があるが,その者との婚姻関係が破綻している場合には,重婚的内縁の効力を認めようという考え方もある。
再婚禁止期間(733条)は準用されないが,近親婚の制限(734~736条)は準用されると考えられている。
未成年者の婚姻については,父母の同意が必要である(737条)。旧法下の判例において,父母の同意を不要とするものが多かった。新法下における未成年者の婚姻に対する父母の同意は,他の要件に比べても軽く扱われており,これを欠いても取消原因とならないので,内縁に対しても準用されない。
婚姻予約ないし内縁の法的効果については多くの問題がある。すなわち,婚姻の届出請求の可否,違約金契約の有効性,不当破棄責任,〈準婚〉的効果,第三者の責任などである。
婚姻予約ないし内縁の当事者に,相手方に対する婚姻届出請求権は認められない。また,その不履行ないし不当破棄の際の違約金あるいは手切金をあらかじめ契約によって定めても,その効力は認められない。いずれも婚姻成立の際の意思の自由を拘束するために公序良俗に反するからである。
判例は内縁の夫婦を婚姻予約という概念でとらえてきたために,その不当破棄は婚姻予約の不履行であるとしてきた。しかし,内縁の夫婦関係を婚姻予約という概念でとらえることには,学説上反対が強かった。これを婚姻予約という概念でとらえると,法律上の婚姻に準ずる効果を与えにくくなるというのが,その理由である。したがって,内縁の夫婦は婚姻予約ではなく,準婚関係としてとらえるべきであるとされた。内縁の夫婦を準婚関係としてとらえた場合に,その不当破棄の責任は,債務不履行ではなく不法行為であると主張された。最高裁判所も,婚姻予約不履行を理由とすることができるとともに,不法行為を理由とすることもできるとしている(1958年最高裁判所判決)。
損害賠償責任が発生するのは,その不履行または破棄が正当の事由に基づかない場合である。判例は,正当事由の有無を,信義の観念と婚姻の本質にかんがみて決すべしとしている。その具体的事実は多様であり,実際の判決を直接参照するほかはない。問題となるのは,法律上の婚姻の離婚原因(770条)との関連である。内縁と法律上の婚姻は,その性質が異なるので,内縁破棄の正当事由を離婚原因と直接関連させることはできない。しかし,男女関係の解消を正当化しうる規範的事由という点からみれば,共通するところがある。しかも,内縁を婚姻に準じて取り扱う傾向が強い状況からみて,両者の同質性を認める可能性も大きくなってきたといえよう。
内縁の夫婦に対して,法律上の婚姻に準ずる効果を認めるべきかという問題が,学説と判例のうえでとりあげられてきた。判例のうえでは,事実上夫婦として生活した間になした勤労は,不当利得として返還請求できない(1921年大審院判決)とか,夫婦の事実が存在する場合,日用品供給の先取特権に関する民法310条にいう債務者の扶養すべき者にあたるとする(1922年大審院判決)など,しだいに内縁の夫婦に準婚的効果を認めるようになってきた。
判例および学説によって準婚的効果を認められる場合は,主として,夫婦の内部的な法律関係に関するものに限られ,対外的に効力を及ぼす法律関係に関するものは,準婚的効果を認められていない。すなわち,夫婦の氏の同一性,子の嫡出性,配偶者相続権などの規定は,内縁の夫婦に対し準用を認められない。さらに夫婦の内部関係に関する規定であっても,その規定の妥当性が疑われているような場合は,内縁の夫婦に対する準用を否定される傾向がある。たとえば,夫婦間の契約取消権に関する規定(754条)がその例である。ところで,いわゆる社会法関係の特別法において,明文によって,内縁の妻を法律上の配偶者と同様に扱っているものが多い(たとえば,厚生年金保険法3条2項)。
婚姻予約ないし内縁に関して,その当事者以外の第三者の責任が問題となり,不法行為責任を問われる場合が多い。たとえば,第三者が予約ないし内縁の当事者と男女関係を結んで,予約の履行を妨げ,あるいは内縁関係の解消をもたらしたような場合である。
→婚姻
執筆者:佐藤 良雄
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
婚姻の意思をもって同居し、実質的には夫婦としての生活をしていて世間でも夫婦と考えられてはいるが、婚姻届をしていないため法律上夫婦とはいえない事実上の夫婦関係。
かつては、このような関係は法律上なんらの効果をも生じさせないものであるとされていた。しかし、1915年(大正4)に、内縁関係の不当な破棄者は損害賠償義務を負うとする判決(大審院民事連合部)が出され、それ以来、内縁は法律上の夫婦に準じた関係として、しだいに法的に保護されるようになった。男女の関係が内縁として法的に保護されるには、その関係が当事者の意思に基づいており、かつ、夫婦としての共同生活が現実に営まれていることが必要であり、それで足りる。したがって、夫婦としての共同生活があると認められない男女の関係、たとえば妾(めかけ)関係などは内縁として保護されない。他方、夫婦としての共同生活が現実に営まれていることで足りるのであるから、その開始にあたって結婚式が行われることなどの形式がとられることは必要でない。
内縁の法的効果として、不当に内縁関係を破棄した一方当事者は、それによって相手方に生じた物質的・精神的な損害全部を賠償する責任を負う。このことは、単に金銭的な問題にとどまるわけでなく、内縁関係の継続につき両当事者が相互的に権利を有し、義務を負うことを示すものである。そのほか、内縁には婚姻の身分的な効果も一般に認められる。すなわち、同居・協力・扶助の義務、貞操義務などが認められる。また、婚姻費用の分担、日常の家事についての連帯責任、所属不明の財産の帰属の推定については、法律上の夫婦と同じ取扱いを受ける。内縁の夫が他人の不法行為で死亡した場合に、内縁の妻が損害賠償を請求できることも古くから認められており、この点でも法律上の夫婦と同じ取扱いである。社会保険や社会保障に関する各種の法律では「届出をしないが事実上婚姻と同様の関係にある者」を配偶者のなかに含ませることによって、内縁の夫婦を法律上の夫婦と同一に取り扱うことが通例となっている。
以上のように、内縁の夫婦は法律上の夫婦とほとんどかわらない法的地位を認められるようになったが、次の2点で法律上の夫婦と異なった取扱いを受ける。第一に、内縁の夫婦間に出生した子は嫡出子とならない。したがって、その子は母の親権に属し、母の氏を称する。第二に、一方が死亡した場合に他方に配偶者としての相続権は認められない。したがって、たとえば、長年連れ添って夫に協力してきた妻であっても、両者の関係が内縁関係にとどまっている限り、妻は夫の死亡によって無一文でほうり出されることになる。もっとも、相続人がまったくいない場合には、生存する他方の内縁当事者は家庭裁判所に遺産の分与を請求できるが(民法958条の3)、相続人が1人でもいる場合にはこの請求は認められない。
内縁は、事実上の夫婦たる実質が失われれば当然に解消され、法律上の夫婦のように離婚という手続をとる必要はない。一方が不当に内縁を破棄した場合に、他方が損害賠償を請求できることは前述のとおりだが、内縁解消の態様は多様であって、内縁の解消が不当といえない場合や、解消の原因が一方だけにあるといえない場合もある。このような場合には、損害賠償の請求は認められないことになる。そこで、内縁解消の場合にも、離婚に準じて財産分与の請求を認めるべきであるとの主張がなされ、それを認める家事審判例も多い。
[高橋康之]
『太田武男著『内縁問題研究資料集成 判例・文献・その他』(1987・有斐閣)』▽『武井正臣著『内縁婚の現状と課題』(1991・法律文化社)』▽『太田武男著『現代の内縁問題』(1996・有斐閣)』
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…年齢の低い親には子の十分な養育を期待できないからである。(3)重婚とは法律上婚姻が二重に成立することであり(732条),法律上の婚姻と事実上の夫婦関係が重なっても重婚とは言わない(このような場合を,重婚的内縁と呼ぶ)。重婚が成立した場合には,後婚は取り消すことができる(744条2項)。…
※「内縁」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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