日本大百科全書(ニッポニカ) 「クモ」の意味・わかりやすい解説
クモ
くも / 蜘蛛
spider
節足動物門クモ形綱真正クモ目Araneaeに属する動物の総称で、この類を一般にクモ類とよんでいる。全世界に3万種余り、日本には1000種余りが知られている。サソリ類、ザトウムシ類、カニムシ類、ダニ類などと比較的近縁で、ともにクモ形類に含まれる。かなり古くはクモも昆虫類として扱われたことがあり、今日でもクモは昆虫類であると誤解されがちであるが、クモ類は昆虫類とはまったく別の仲間である。体の各部の構造を比較してみると、クモは昆虫類でないことがわかる。
クモ形類の先祖は、古生代カンブリア紀に栄えた三葉虫であろうといわれている。その三葉虫が変化して、のちにいくつかの目(もく)を派生し、その一つの枝が真正クモ類となったというのである。現在のクモの形をした化石でもっとも古いものはデボン紀の地層から出ている。石炭紀には現生のキムラグモに似た腹部に節のあるものが出ており、それに次いでトタテグモ類が現れたが、いずれも地中生活者であったと考えられる。新生代には多くの種類が生じ、地上に進出して普通のクモ類が増加して勢力をもつに至った。
[八木沼健夫]
形態
大きさは、体長(歩脚(ほきゃく)を含めない)が0.5ミリメートルの微小なもの(西太平洋のサモア諸島にいるマープルズヨリメグモ)から、体長9センチメートル余りになる大形のもの(南アメリカのルブロンオオツチグモ)まである。日本で最小のクモは0.9ミリメートル(崖(がけ)地などに小さい網を張るナンブコツブグモ)、最大のクモは5センチメートル(南西諸島およびそれ以南に分布するオオジョロウグモ)であるが、一般に5~15ミリメートルぐらいのものが普通である。
クモの体をよくみると、形態や構造が昆虫とかなり異なっているが、それらの特徴を次にあげる。
(1)体は頭部と胸部がくっついた頭胸部と腹部に分かれ、細い腹柄でつながっている(昆虫は頭部と胸部がはっきり分かれている)。
(2)昆虫のような触角はないが、それにかわるものとして脚(あし)の変化した触肢(しょくし)があって、触角や手の働きをする。
(3)歩脚は4対ある(昆虫は3対)。歩脚は7節からなり、昆虫にない膝(しつ)節と蹠(しょ)節がある。
(4)はねがない(昆虫はほとんどの種に2枚か4枚のはねがある)。
(5)目は普通8個(ときに6、4、2、0個)の単眼で、複眼はない(昆虫にも少数の単眼があるが、複眼が主眼である)。
(6)口器は上顎(じょうがく)、下顎、上唇(じょうしん)(外からは見えない)、下唇からなり、上顎には獲物に突き刺して毒を注射する鋭い牙(きば)がある。
(7)腹部にはキムラグモ類を除いて体節の痕跡(こんせき)がない(昆虫には体節がある)。
(8)腹端に糸を紡出する突起が普通は3対あり、出糸突起(紡績突起、糸突起、糸器)とよばれる。おのおのの突起には多数の糸を出す管(吐糸(とし)管)がある。この管は腹部内にある多くのいろいろな糸腺(しせん)とつながっていて、糸の使い道によって分泌される腺が違う(昆虫にもカイコやミノムシのように幼虫時代に糸を出すものもあるが、それらは口から出す)。
(9)呼吸器は昆虫のような気管のほかに、書肺というのがある。書肺は血体腔(こう)(血洞)とよばれる血液の部屋の中に扁平(へんぺい)な肺葉(空気を取り入れる袋)が多数重なって入り込んでいて、書物のようにみえるので書肺(または肺書)という。この肺葉内に入った空気から酸素をとり、血管(クモの唯一の静脈)で心臓に送る。気管は枝分れした管で、直接組織に酸素を送る。気管も書肺も気門はすべて腹部下面にある(昆虫の気門は体側にある)。
(10)生殖器は雌雄とも腹部下面前方にあるが、雄では触肢が二次的に交接用の生殖器となっている(昆虫では一般に腹部末端にある)。
(11)すべて卵生で変態しない。数回脱皮して成体となる(昆虫は成長過程で変態するものが多い)。
[八木沼健夫]
生態
クモが今日のように地球上に広範囲にわたって繁栄をもたらした原因は、その生態にある。食物により好みがなく、生きている虫であればなんでも食うこと、全生活に糸を巧みに利用していること、さらにクモ全体としてみれば気温に適応する幅が大きいことなどから、水中を除いたほとんどあらゆる環境に進出して栄えたのである。熱帯地方から寒帯地方(グリーンランドにもいる)にかけて生息し、またエベレスト山の高所6700メートルの所でも発見されている。
[八木沼健夫]
生活形
クモのなかには少数であるが社会性をもつものや集団生活をするものもあるが、ほとんどは孤独生活をしている。しかし、進化過程により、環境によりさまざまな生活形を示している。その生活形を行動の面からみると、1か所に定住して網や住居をつくって生活する占座(せんざ)性と、住居というものをもたずに地表、草木、家屋の壁などを歩き回りながら餌(えさ)を探す徘徊(はいかい)性とに分かれる。生活場所からみると地中性、洞窟(どうくつ)性、地上性(まれにミズグモのような水中性)などがあり、また、網を張る造網性と、網を張らない非造網性に分けられるが、厳密な区別はむずかしい。大ざっぱにいって、網を張るクモと網を張らないクモの数は約半分ずつである。
徘徊性とされているクモのなかには、本来の徘徊性(ハエトリグモ、カニグモ)のほかに、もともと造網性であったと考えられるものから、進化の途中で二次的に徘徊性になったものもある(コモリグモ、ハシリグモ、ササグモ)。しかし、これらのなかには、網を張るもの(タナアミコモリグモ)、生活史のどこかに造網性の名残(なごり)をとどめているもの(コモリグモ、キシダグモ)がある。また、本来、造網性でありながら、網を張らずにほかの造網性のクモの網に入り込んで生活するもの(イソウロウグモ)、ほかのクモの網を襲って宿主や子グモを食うもの(ヤリグモ、センショウグモ、カナエグモ)などの変則生活者もいる。
[八木沼健夫]
生活の場
生物の故郷は水界である。クモも先祖は水中生活をしていたであろうが、水中を出て陸にあがった初めのころは落葉(らくよう)層などで生活していたと思われる。そのうちに、洞窟に入り込んで生活するものや、地中に穴を掘ってすむものが現れた。また別の方向として、暗所から脱出して地上を徘徊するものや、空中に進出して網を張るものを生じた。しかし、いまなおそれぞれの進化段階にとどまって生活しているものがあって、クモに多様性を生じているのである。
(1)落葉層と洞窟 落葉の堆積(たいせき)した小さい間隙(かんげき)や洞窟は湿度が高く、暗黒であり、低温恒温である点が似ているので、そこにすむクモにも共通種が多い(マシラグモ、コタナグモ、ホラヒメグモ)。
(2)地中 全体として地中生活者は原始形態を残している。地中に穴を掘り、入口に扉をつけるもの(キムラグモ、トタテグモ)、扉のないもの(ワスレナグモ)、地上部に管状の袋を伸ばしているもの(ジグモ)などがある。地中は環境の大きな変化がなかったため、形態的な変化にも乏しい。上顎の牙が上下に動くことは、土を掘るための適応である。
(3)地上 地上に進出した造網性のものは初めのころは暗所で生活をした。現在でもユウレイグモやオオヒメグモなどは好暗性のクモである。さらに進んで明るい場所に出たもののオニグモ類のように夜間のみ活動するものがある。そして昼でも活動するものが現れた(コガネグモ、ジョロウグモ)。一方、徘徊性のものではコアシダカグモやワシグモは好暗性であり、ガケジグモは夜行性で、ハエトリグモ、カニグモなどは昼行性である。
生活場所としては、草間、樹上、空中があり、なかには人家に定住しているものもある(アシダカグモ、ハエトリグモの仲間)。水中は大いに制約を受けていて、水生昆虫のように水中で生活する昆虫のようなものはなく、二次的に水中に入り込んだミズグモ、海岸の岩の間隙やサンゴ礁にすむウシオグモぐらいのものであるが、これらも陸上生活の体制をもったままである。
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食物
クモは原則として生きている虫(昆虫のほか多足類やミミズ類など)で適当な大きさであればなんでも食うことから、食物連鎖のうえからは第二次、第三次消費者にあたる。また、植生となんらかの関係がありそうにみえることがあるが、植物の種類とは関係がなく、むしろ植物の形態(枝ぶり、葉の形など)に関係がある。
(1)餌のとり方 張った網にかかった虫をとらえるのはよくみかけられるが、虫がかかったことを知るのは、造網性のクモは視覚が弱いので、もっぱら振動感覚によるのである。木の葉や死んだ虫では振動が持続しないので網から外して捨ててしまう。音叉(おんさ)を振動させて網に触れると、とんできて音叉を糸で巻いてしまうことから、振動に対する走性であることがわかる。徘徊性のクモはもっぱらとびかかってとらえるのが普通であるが、餌となる虫を追跡するもの(コモリグモ、ハシリグモ)、花陰などで待ち伏せるもの(ハナグモ)などがある。変わったところでは、口から糸を吐きかけて動けなくしてしまうもの(ユカタヤマシログモ)、粘球を糸で吊(つ)り下げたり振り回したりしてガなどをとらえるものがある(外国産のナゲナワグモ、日本にもいるイセキグモ)。この粘球にガを誘引する物質が含まれているらしい。小さい網をつくって投げかけるもの(メダマグモ)、後脚で支えた糸でからめとるもの(オナガグモ)、水面をたたいて魚をおびき寄せるもの(アメリカのハシリグモ)など、さまざまな捕虫法がある。クモをとるクモとしてはセンショウグモ、カナエグモ、ヤリグモなどが知られている。
(2)食べ方 クモはとらえた虫をかんで食うのではなく、また一般にいわれているように体液や血液を吸うのでもない。まず牙を突き刺すと、管状の牙の先から毒液が注入される。この毒液には溶タンパク毒が含まれていて、とらえた虫を殺すとともに、タンパク質を消化する。牙を突き刺したまま口のところで消化するのである。胃でやる仕事をまず口でするので口外消化といわれる。ある程度消化されると、これをポンプ式の吸胃で吸い取るのである。その後はさらに腸に入り消化が継続され、中腸腺に吸収される。中腸腺はカニなどの肝膵臓(かんすいぞう)にあたり、消化と貯蔵の役目をする。一時に相当量の養分を取り入れるので、かなり長い間絶食も可能である。
(3)食物の異常例 クモの食物は原則として生きた虫であるが、花粉を食った例もあり、また、コガネグモを飼育した場合、マグロ、イサキ、イカなどの刺身も食ったり、牛乳を飲んだ例もある。
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天敵
クモは多くの虫を食っているが、クモにも敵がいる。クモを食物とするものに鳥類のほかカエル、ヤモリなどがあり、クモを専門にねらうベッコウバチやジガバチの仲間はクモにとって大敵である。クモの体の表面に寄生するタカラダニも彼らの生活を脅かす。内部に寄生する線虫も多く、カビの一種であるクモタケは内部に寄生して成長し、やがて子実体をクモの体から出す。
[八木沼健夫]
繁殖
クモはすべて卵生であるが、雌雄の接近や交接など、ほかの動物と変わっている点が多い。
(1)雌雄の接近 クモの雌は一般に大形でよく肥えているが、雄は小さくやせ型のものが多い。雌雄の簡単な見分け方は、触肢の先が握りこぶしのように膨らんでいるのが雄、すんなりしているのが雌である。雄の握りこぶしは二次的な生殖器官で、この中は複雑な構造になっていて、精液の吸入、貯蔵、注入の装置を備えている。成熟した雄は精網という小さい網を張り、その上に生殖器から出した精液を垂らす。これを触肢で吸い取り、蓄えて雌を訪れる。昆虫のような交尾形式をとらず、触肢を使って間接的に雌に精液を与えるのである。雌に接近した雄は油断をすると雌に食われることがあり、そのために求婚行動にさまざまなくふうがみられる。造網性のクモ(オニグモ、オオヒメグモなど)のほとんどは雄が網の縁から糸をはじいて信号を送る。雌は、危険な侵入者でないと知ると、糸をはじいて返信して雄を迎える。徘徊性のコモリグモやハエトリグモでは、雄が雌の前で、前脚を上下させたり、立ち上がって踊ったり、地面をたたいたり、触肢を動かしたりする。この求婚動作の身ぶりが大きい場合は「求婚ダンス」とよばれる。この行動は雄の性的興奮に起因するようであるが、これがまた雌をも性的に興奮させることになるらしい。このほか、雌を糸で縛り付けるもの(ヒメハナグモ)や、雌に催眠術をかけるような動作をするもの(コクサグモ)、雌に餌となる虫を持参するもの(ハシリグモ)などがある。
(2)産卵・孵化(ふか) 多くの体内受精の動物は受精卵が体内である程度発育するが、クモの卵は、蓄えられていた精子と産卵直前に受精する。産んだ卵はたいていは糸で包んで卵嚢(らんのう)に仕上げられるが、これを木の幹や壁などにつけておくもの(ジョロウグモ、オニグモ)、網に吊り下げるもの(コガネグモ)、触肢や口や脚で抱えるもの(アシダカグモ、ハシリグモ)、腹の先につけるもの(コモリグモ)などがある。子グモが孵化し、何日か卵嚢内にとどまっているが、やがて外に出る。子グモはしばらく集団をつくっているが、これをクモのまどいという。コモリグモでは孵化した子グモは母グモの背の上にのってまどいをする。ごくまれな集団生活をするクモは、幼時のまどいが分散せず、延長した家族集団と考えられている。
やがてまどいが解けてそれぞれ独立生活を始める。たいていは空中に糸を流し、この流した糸の端にぶら下がって飛んでいく。これを空中遊飛(バルーニング)という。クモが広範囲にばらまかれるのはこのためである。
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糸と網
クモの生活を支えているものは糸であり、用途の一部として網がある。
[八木沼健夫]
クモの糸
クモの糸は、体内で分泌されたタンパク質の一種で、糸腺内ではどろどろしたコロイドのゾル状になっているが、これが出糸突起にある細い吐糸管を通って外に出ると、固まってゲル状の糸になる。このゾルからゲルへの転換の仕組みは十分にわかっていない。成分はカイコの糸に似ているが、それよりも強く、人間が何年もかかってやっとつくりあげたナイロンに匹敵する強さをクモは大昔からつくってきたのである。
種類によって異なるが出糸突起は一般に6個で、そのおのおのに多数の吐糸管があり、多いものになると1個の突起に100個以上、全体で2000個になるものもある。クモがとらえた虫を糸で巻くとき、多数の糸が帯のようにみえることがある。また、普通の出糸突起の前方に篩板(しばん)をもつものがあり、この篩板には数千の小孔(しょうこう)があり、横糸に絡みついて粘球のかわりをする梳糸(そし)とよばれる特別の糸(すき糸)を出す。クモは糸を生活のあらゆる面に利用している。
多くのクモの生活をみると、どのクモもすべて歩くときに糸を引いている。これをしおり糸というが、このあたりが糸利用の起源のようである。高いところから下りるときに糸を引き、またこの糸を伝わって上るので、クモにとって糸はザイルであり、命綱である。また、雌の引いたしおり糸を雄が伝わっていくこともある。この糸がいろいろな方面に変化し、発展して、種々の用途を生じたのであろう。住居をつくるのにも糸が用いられ、雌では産んだ卵を包んで保護するのにもなくてはならないものである。やがてこれらの糸が複雑に発展して網になり、また餌をとらえるのにも、とらえた餌を巻くのにも、糸が使われる。さらに驚くべきことは、産まれてまもない子グモが糸を空中に流し、この糸の先にぶら下がって遠方まで飛んでいくことである。網を張るクモも張らないクモも、すべて糸を利用し、クモは糸によって全生活が支えられているのである。
[八木沼健夫]
クモの網
網にもいろいろの種類があり、おもなものを次にあげる。
(1)円網(えんもう)(まるあみ) 典型的な円網は、放射状の縦糸と、これを渦巻状に連ねる横糸とからなる。オニグモ類では横糸に粘球があり、ウズグモ類では横糸に細い糸が絡みついている。円網にも次のような変形がある。蹄形(ていけい)円網(横糸が円形をなさず蹄形、ジョロウグモ)。キレ網(上方2区画に横糸を欠く、キレアミグモ)。呼糸円網(中心から1本の信号糸が住居に伸びている、ヤミイロオニグモ)。擬装円網(網の中央にごみを連ねる、ゴミグモ。枯れ葉を吊るしクモはその中に潜む、ハツリグモ)。白帯円網(網の中央付近に「隠れ帯〈かくれおび〉」とよばれる特別の白い糸をジグザグにつける、コガネグモ)。ドーム網(細かいメッシュの網で全体が丸天井形、スズミグモ)。水平絹網(ドーム網を水平にした形、キヌアミグモ)。三角網(縦糸が4本で扇の形をした網、オウギグモ)。
円網の張り方を、オニグモを例に示す。木の枝などから糸を引いて下り、空中に静止して多数の糸を流す。このどれかが枝などにつくと、これを基本線として外枠や放射状の縦糸を引く。次に中心から外に向かって粗い渦巻状の糸を張る(これには粘球がついていないで、次の横糸を張る足場となる)。次に外から中心に向かって足場糸を伝いながら細かく横糸(これには粘球が並んでついている)を渦巻状に張る。足場糸はそのつど外すもの(オニグモ)と、残しておくもの(ジョロウグモ)がある。
(2)棚網 不規則に糸を引き回してつくった棚状の網で、奥にトンネル(住居)があり、クモはその中に潜む。トンネルの奥は非常の際の抜け穴となっている(タナグモ科)。
(3)皿網 皿か椀(わん)の形の網で上向きと下向きがある(サラグモ科)。
(4)天幕網 葉上に日覆い状に張った網で、クモはこの下に潜む(ハグモ)。
(5)不規則網 まとまった幾何学的形態をもたず、不規則に糸を引いてできた網であるが、なかにはヒメグモ類の籠(かご)状網やユウレイグモ類の棚状網もある。
(6)条網(すじあみ) 糸を数本、簡単に引いているだけのもの(オナガグモ、マネキグモ)。
(7)鐘網(つりがねあみ) 水中の水草の間につくられた鐘状の網で、内部に空気を満たす(ミズグモ)。
[八木沼健夫]
クモの分類
クモは、節足動物門クモ形綱の1目として真正クモ目に含まれる。真正クモ目は、さらに古蛛(こしゅ)亜目(かつては古疣(こゆう)亜目といわれていた)、原蛛亜目、新蛛亜目の三つの亜目に分けられる。
古蛛亜目はキムラグモ類ともよばれ、キムラグモ、ハラフシグモなどがあり、腹部に体節があり、出糸突起は7、8個である。原蛛亜目はトタテグモ類のことで、トタテグモ、ジグモ、ジョウゴグモなどがあり、腹部に体節はないが、古蛛亜目とともに地中生活をする。新蛛亜目はフツウクモ類ともよばれ、普通にみかけるクモのほとんどはこれに属する。新蛛亜目のものは普通の出糸突起以外に篩板(しばん)(ウズグモなどの横糸につける特別な糸を出す)のある篩板類と、それのない無篩板類に分かれる。無篩板類は、生殖器の構造の簡単な単性域類(多くのものは6眼でヤマシログモ、マシラグモ、ミヤグモなど暗所にすむものが多い)と、生殖器官の複雑な完性域類に分けられる。完性域類は、つめの数から三爪(さんそう)類(コガネグモ、ヒメグモ、サラグモ、タナグモ)と二爪(にそう)類(カニグモ、フクログモ、アシダカグモ、ワシグモ)に分けられる。三爪類には網にかかって歩行する際の特別の第3爪があるが、二爪類は徘徊性であるため、このつめが粘着毛に変わっている。しかし、コモリグモ、ハシリグモ、ササグモは本来、造網性から転じたもので、第3爪を残している徘徊性である。
[八木沼健夫]
クモと人間生活
クモの貢献
クモは一般的に嫌われているが、人間の生活に有益であることが多い。まず、大きな貢献は田畑、果樹園、植林地などにおける天敵としての害虫駆除があげられる。これは人間が害虫駆除のために農薬(殺虫剤)を使用したことによって明らかにされた。水田で農薬を使用し、減少するはずのウンカやヨコバイが増加した例がある。つまり、いままでウンカやヨコバイを食っていたクモが、農薬にきわめて弱いため死に、天敵が減少して害虫がはびこったのである。現在では害虫駆除として、農薬のかわりにクモを利用することが行われている所があり、またクモと改良農薬の併用や天敵と害虫との共存などについても研究されている。サクラやプラタナスなど街路樹の害虫であるアメリカシロヒトリや、スギの害虫であるスギタマバエをクモにより駆除に成功した例がある。また、クロゴキブリの天敵としてはアシダカグモがいる。このクモは大形であるために気味の悪いクモとして嫌われているが、日没から台所などに現れて盛んにゴキブリを捕食する。
そのほかのクモの利用法としては、クモに与える有毒物質の種類によってクモが形の異なった網を張ることがわかり、この性質を利用して、不明の毒物検出に役だてようとする研究が行われている。
クモの糸の利用については古くから考えられ、布や織糸や絵絹(えぎぬ)などがつくられたことがあったが、飼育法と繰糸法の困難なことから、糸の優秀性が認められながらも大規模な生産には結び付かなかった。また、光学器械(望遠鏡、トランシット、ライフル銃照準器)のレンズの十字目盛りに利用されてきた(現在ではほかの方法に置き換えられている)。
食用としては、東南アジア地方でオオツチグモの1種が利用されているが、常食ではないようである。日本の田舎(いなか)の子供たちがクモの糸を使ってセミをとったり、ニューギニアの人がクモの網を枠につけて魚をとったりすることが知られているが、大きい利用法ではない。
[八木沼健夫]
クモの毒
クモは毒のある動物として恐れられているが、ほとんどのクモの毒はその餌となる昆虫などには有効であるが、ヒトのような大形動物にはあまり危険がない。多少とも毒の強いとされているクモは世界で30種ほどである。外国産で大形のタランチュラは、よくオオドクグモと訳されて猛毒があるようにいわれることがあるが、毒性の程度は普通のクモなみの弱さである。
毒が強く、ヒトに被害を及ぼした例としてはオーストラリアのシドニージョウゴグモがあり、これにかまれると死ぬことが多いという。ついで有名なものは、アメリカから東半球南方の熱帯地方に分布するゴケグモであり、ときに死ぬことがある。そのほか、アメリカのドクイトグモ、ドクシボグモも毒が強いことで恐れられている。日本には猛毒のクモはいないが、やや毒性の強いものにカバキコマチグモがいる。ヒトがかまれると、体質にもよるが、3日間ぐらい発熱、悪寒、疼痛(とうつう)がある。このクモは、野山でススキの葉をちまきのように巻いて住居をつくるクモである。
しかし、いずれも、クモに触れたとき、クモが自衛手段としてかみつくのであって、積極的にヒトを攻撃するものはいない。クモの毒の成分ははっきりしていないが、ヒスタミン系のものと考えられており、刺咬(しこう)症に対しては抗ヒスタミン剤が投与されている。
[八木沼健夫]
民俗
クモについては地方によってさまざまな呼称や俗信がある。九州ではクモのことを方言で「コブ」といい、とくに朝のクモは「ヨロコブ」といって瑞兆(ずいちょう)とし、神棚にあげるが、一方「宵のコブは親に似ていても殺せ」といって嫌う。秋田地方では、夜グモが家にいると翌日来客があるとか、紙に包んで神棚にあげておくと翌日もらい物をするなどという。また、盗賊の先だちともいって、夜グモは紙に包んで神棚にあげ、朝逃がす。
東京ではクモを紙に包んでたんすに入れておくと金がたまるという。鹿児島県姶良(あいら)市や千葉県の房総半島では、クモを闘わせて勝負を決める遊び(クモ合戦)があるが、横浜市などでも小学生が小箱にホンチというクモを入れて闘わせ、遊んだという。
全国に広く語られているクモの昔話に「賢淵(かしこぶち)」というのがある。ある男が淵で釣りをしていると、水面に1匹のクモが出てきて、男の足に糸をつけて去る。不思議に思った男が、その糸をそばの大木につけておくと、クモは何度もその木に糸をつけては去り、ついにその糸を引いて大木を引き抜いてしまう。男は危うく命を助かるが、淵のなかからは「賢い、賢い」という声がしたという。
[大藤時彦]
「風土記(ふどき)」(常陸(ひたち)、豊後(ぶんご)、肥前(ひぜん))では、大和(やまと)朝廷に服属しない地方の住民のことを、穴居生活を営む文化的に後れた者として「土蜘蛛(つちぐも)」という蔑称(べっしょう)でよんでいる。しかしそれには、占いの力をもつ巫女(みこ)や、首長としての巫女の意も含まれており、こうした呼び方の背後にクモを地の霊とする考え方があったとも考えられる。
南イタリアのタラント周辺およびサルデーニャ島に生息するコモリグモ科のタランチュラに刺されると、激しく踊り狂うなど、タランティスム(あるいはタラントゥリスム)とよばれる現象をおこすといわれてきたが、このクモにはほとんど毒性がないため、これはクモのイメージに付会された一種の民間宗教現象であろう。また一方で、クモを好ましいものとする文化もある。
アフリカの多くの文化では、クモは神の使いであると同時に道化(トリックスター)でもある。糸紡ぎと機織(はたお)りの発明者とされることも多く、ガーナのアシャンティ人の民話のなかではこうしたクモは「アナンシ」とよばれ、これはアフリカ系アメリカ人の民話では「アント・ナンシー」(ナンシーおばさん)となる。西アフリカのカメルーンからガボンに居住するファン人の民話でも、クモは神と人とを仲介する者であり、同時に神に反抗して人を助ける者でもある。カメルーンのバムン王国では、クモは王権の象徴の一つとなっていた。
[渡辺公三]
『八木沼健夫著『クモの観察と研究』(1981・ニュー・サイエンス社)』▽『斎藤慎一郎著『クモ合戦の文化論』(1984・大日本図書)』▽『新海栄一・高野伸二著『フィールド図鑑 クモ』(1984・東海大学出版会)』▽『八木沼健夫著『原色日本クモ類図鑑』(1986・保育社)』▽『吉倉眞著『クモの不思議』(岩波新書)』