改訂新版 世界大百科事典 「エキゾティシズム」の意味・わかりやすい解説
エキゾティシズム
exoticism
exotisme[フランス]
語源はギリシア語のエクソティコスexōtikos(〈異国の,外来の〉の意)で,異国趣味もしくは異国情緒と訳されている。本来は自国に見られない風土や風俗への漠然たる好奇心から始まったものと思われるが,芸術上の趣味,もしくは時代的風潮としては,それぞれ特定の地方への関心が強く情緒化されたものであり,場合によってはこれに,自国の環境から離脱したいとする現実逃避の気分が結びつく。たとえば日本の室町末期から安土桃山期にかけての南蛮趣味は,困難な貿易の相手国であり技術的先進性をもつ西欧諸国への素朴な現実的関心が,やがて西欧人の風俗への情緒的関心に転じ,さらにキリスト教の流入にともなって強烈なあこがれの色をも帯びるにいたったものと思われる。そのあこがれは,のちの鎖国や禁教などの圧迫によってかえって内攻し,やがて,遠く時代をへだてた大正期に,西欧の文物摂取による急速な近代化が一つの行詰りにさしかかったところへ,芥川竜之介,北原白秋,木下杢太郎らの耽美的な南蛮趣味を生み落としている。こうした趣味化が行き着くところまで行くと,対象となる異国の風俗はおよそ非現実的に誇張されたグロテスクなものとなってしまうこともあり,その好例が中国から遠くインドを望んだ《西遊記》の荒唐無稽さである。
エキゾティシズムはこのように人間の心性に根ざしたものであるため,古代から折にふれて発生した形跡があり,それが伝承や美術工芸などにうかがわれるが,同時にそうした異国への情緒的関心が,単なる趣味にとどまらずにその時代の美意識に新たな展開をもたらした例も多い。西欧近代においては,17,18世紀にトルコとの接触によって始まった東洋趣味(オリエンタリズム)が,やがて19世紀における絵画や文学の異国趣味をもたらし,強烈な光線と色彩,率直な人情風俗へのあこがれなどがロマン主義的美学の端的なあらわれとなった。サン・ピエールやシャトーブリアンの文学,ドラクロアの絵画などにはこうした傾向がうかがわれ,ゴーギャンにいたってはタヒチの風土に人間の生命観の根源を求めた。これにやや遅れて日本など極東への関心がピエール・ロティの小説やプッチーニのオペラ《蝶々夫人》を生む。これらの作例は作者が一方的に珍奇な題材を求めたものと見るより,それを醸成し歓迎した時代思潮において考えるべきであろう。
→オリエンタリズム
執筆者:安藤 元雄
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報