改訂新版 世界大百科事典 「エノキ」の意味・わかりやすい解説
エノキ (榎)
Celtis sinensis Pers.
暖地に見られるニレ科の落葉大高木で,街道沿いなどに植えられ,縁切り・縁結びなどの特殊ないわれのある木が多い。ヨノミ,エノミの名もある。高さ20mに達し,広く枝を張る。葉は互生し,少しゆがんだ卵形で,長さ5~10cm,基部から3本の主脈を出し,縁の上部に小鋸歯があって両面ともざらつく。4~5月,新枝の下部の葉腋(ようえき)から雄花の集散花序を出し,上部の葉腋に両性花を1~3個束生する。各花には4枚の紅褐色の萼片と4本のおしべがある。秋に,径6mmほどの球形石果が赤褐色に熟し,食べると甘い。青森県南西部以南の日本各地と台湾,朝鮮,中国中部の暖帯と温帯の下部に分布し,日当りのよい適潤地,とくに沿海地に多い。庭園樹,屋敷木や街路樹として植えられる。材は灰黄褐色の環孔材で比較的堅く,建築・器具・機械材などに用いられる。果実を子どもが好んで食べ,竹鉄砲の玉とする。
エノキ属Celtisは,北半球の温帯から熱帯域までに約80種が分化している。日本にはエノキのほかに,エゾエノキやコバノチョウセンエノキがある。
執筆者:濱谷 稔夫
民俗
エノキは一里塚に植えられ道標とされたほか,村境,橋のたもとにも植えられ,道祖神の神木となっている場合もある。常緑のヤドリギをよくつける木であるところから,人々の注意をひき,これを神の木として境にまつるようになったのかもしれない。エノキには縁切りの願がかけられるために縁切り榎の伝説が生まれ,嫁入りの際にこの木の側を通るのをさける風もあった。その一方で,エノキには元旦に黄金のカラスが来るといわれたり,屋敷ぼめの歌では〈屋敷の北西隅の榎に黄金がなる〉とうたわれている。実際に,名古屋近郊には,福榎といってエノキを屋敷の北西に植えている家がある。エノキはふだんたくことを忌まれているところがあるが,伯耆地方では節分や除夜の晩にいろりでエノキを燃やす風習があった。エノキを小正月に餅花の木にしたり,これで人形をつくる土地もあり,豊橋市の神明宮ではエノキの玉を用いた榎玉神事が行われる。さらに,エノキに房ようじと絵馬をあげて,歯の病の祈願をしたり,エノキの空洞にたまった水を霊眼水といい,目につけて眼病の祈願をすることも行われた。そのほかエノキは乳の乏しい婦人にも効験を示した。《東都歳事記》には,大晦日に王子稲荷のそばのエノキに関八州のキツネが集まり官位を定め,またこのときの狐火で豊凶を占ったとある。エノキには朽株が暗夜に光るという怪異伝承や,行基がエノキのまたに3日間おかれていたという異常出誕にちなんだ伝承や,山姥(やまうば)がさしたつえが成長して大エノキになったという伝説もみられる。
執筆者:飯島 吉晴
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報