日本大百科全書(ニッポニカ) 「キツネ」の意味・わかりやすい解説
キツネ
きつね / 狐
red fox
[学] Vulpes vulpes
哺乳(ほにゅう)綱食肉目イヌ科の動物。アカギツネともいう。
形態
体はオオカミやジャッカルなどイヌ属Canisに似て小さく、頭胴長45~90センチメートル、尾長30~56センチメートル、体重3~14キログラム。体型はジャッカルに似るが、四肢が短く、胴が長い。頭骨はイヌ属のものより細く、吻(ふん)が細長く先がとがり、前頭洞が小さいため額が高くならず、上の犬歯は異常に細長くて先が鋭く、その先端は口を閉ざしたとき下あごの下縁に達する。目は鼻すじより低く位置し、瞳孔(どうこう)は明るい所では縦長の針状になる。耳介は三角形で先がとがり、尾は太く、横断面が円形で長く、その基部背面に黒斑(こくはん)があり、この部分の皮膚にはキツネ特有の強いにおいを出すスミレ腺(せん)という臭腺がある。指は前足に5本、後ろ足に4本あるが、地面につくのは前足の第1指以外で、どちらも4本である。第3・第4指は第2・第5指よりずっと長いために、足跡はイヌのほとんど円形のものと違って長い楕円(だえん)形をしている。足底のパッド(肉球)は小さく、周りの毛にほとんど隠れて目だたない。毛は直毛で長く、冬毛では綿毛(下毛)が密生する。毛色は変化に富み、毛皮では約7種類の色相が区別される。もっとも普通にみられるのはアカギツネ(赤色相)で、体の背面、四肢の外面、および尾の大部分が橙褐色(とうかっしょく)ないし赤褐色、吻側、頬(ほお)、下あご、頸(くび)の下面、胸、四肢の内側、および尾端が白色、耳介の後面と四肢の下部が黒色である。体の背面には淡黄褐色の差し毛が多いが、これが少ないため背面が鮮やかな紅色に近いものをベニギツネ(紅色相)という。このほか全身が黒色のクロギツネ(黒色相)、それに白い差し毛が混じるギンギツネ、白い差し毛が多いプラチナギツネ、全身白色のシロギツネ(後述するホッキョクギツネの白色相に似る)、アカギツネに似て暗色で背に十字形の黒斑があるジュウジギツネなどがある。
[今泉吉典]
分布
哺乳類のなかでオオカミとともにもっとも分布の広いものの一つで、アフリカ北部、ヨーロッパ、アジア(インド、インドシナ半島を除く大陸部と日本)、北アメリカ(合衆国の北半部以北)に分布し、北は北極海の沿岸に達する。地理的な変異が著しく、旧世界で約35亜種、北アメリカで約12亜種が区別され、日本には2亜種がすむ。
北海道のキタキツネV. v. schrenckiは樺太(からふと)(サハリン)、南千島にも分布し、耳介長8~9センチメートル、後足長16~18センチメートル、赤色相で四肢の前面に大きな黒斑がある。本州、四国、九州のホンドギツネV. v. japonicaは耳介と後ろ足が短く、それぞれ7~7.5センチメートル、14~15センチメートル、四肢の前面の黒斑が細く、背面の毛は褐色を帯び、黄褐色の差し毛が多く、キタキツネほど美しくない。
[今泉吉典]
生態
低地から標高4500メートルの高地までの半砂漠地帯から草原、森林に至るあらゆる環境に分布し、きわめて適応力が強く、村落の近く、ときには都市にもすむ。普通単独で暮らすが、交尾期に雌雄がつがいになると、雄は生まれた子が大きくなるまで雌といっしょに暮らし、食物を運ぶ。つがいが終生続くかどうかは確認されていない。行動圏は約100ヘクタールまたはそれ以下で、そのなかには、おもに使う巣穴、補助の穴、休息所、狩り場、食物を貯蔵する穴、日光浴の場所、サインポスト(尿と糞(ふん)をする場所)などがあり、通路がそれらを結ぶ。昼間は地中に掘った巣穴か茂みの中で休み、おもに夜間に活動し、一晩に円を描いて8キロメートルぐらい歩くが、交尾期と子を育てている時期には昼間も活動する。時速48キロメートルで走り、2メートルの垣根を飛び越すことができ、泳ぎも巧みである。また、ある程度木にも登れる。巣穴は土の柔らかい、水はけのよい斜面の、低木などが覆いになっている所に自分で掘ってつくり、穴によっては何年、または何代も使う。しかし、マーモット、タルバガン、アナウサギ、アナグマなどの巣穴の一部を占領していっしょにすみ、あるいはそれを取り上げ、改造して使うこともある。入口から長さ10メートル以下のトンネルが地下1~3メートルの深さを走り、その奥に1室がある。入口は1個しかないこともあるが、普通数個あり、19個もあった例がある。雑食性で、昆虫、魚、カエル、鳥とその卵、小形の哺乳類、果実、ブドウそのほかの液果などを食べるが、ノネズミとウサギを食べることが多い。ノネズミを狩るときには、耳を傾けてネズミが穴から出てくるのを静かに立って待ち、草やぶに出てきたのを認めると急に高く跳躍し、前足で押さえてとらえる。ウサギを狩るときは、忍び寄り、近くから急に追いかける。また、死んだふりや病気で苦しむふりをしてウサギやカラスをおびき寄せ、あるいは頭に水草をのせて静かに泳ぎ、水に浮かぶカモに近づいてとらえるともいわれる。1日に0.5~1キログラムの餌(えさ)を食べ、満腹のときは穴を掘って獲物を入れ、土をかけて隠し、あとで掘り出して食べる。声は多様で38種類が区別されている。交尾期には雌はコン、コン、雄はギャー、ギャーと鳴く。天敵はオオカミ、オオヤマネコ、クマ、ワシ、ワシミミズクなどである。
[今泉吉典]
繁殖
交尾期は地方によって異なり、ヨーロッパ南部では12月から翌年1月、中部では1~2月、北部では2~4月であるが、北アメリカでは地域差がないといわれる。この時期には1匹の雌を数匹の雄が追い、雄どうしで激しく戦う。妊娠期間は49~55日の間で普通51~53日、1腹1~13子で普通3~5子を巣穴の中で産む。新生子は目が閉じ、灰褐色の綿毛で覆われている。目は9~14日であき、2週目ごろから固形食を食べ始める。4~5週で穴から外に出始め、8~10週で離乳するが、それまでに最低一度は危険を避けるために別の穴に移される。雌は穴の中に約1か月こもり、雄がこの間食物を運ぶ。子は3~4か月で独立し、親の行動圏から去る。このとき雌は10キロメートルほど離れるだけであるが、雄は40キロメートルまたはそれ以上離れ、394キロメートルも移動した例が知られている。いったん自分の行動圏を設けると、普通はそこから終生動かない。9~10か月で性的に成熟し、寿命は10~12年であるが、3、4歳以上になるものは少ない。
[今泉吉典]
人間生活との関係
ヨーロッパでは狂犬病を伝播(でんぱ)するといって恐れられ駆除されるほか、家禽(かきん)を殺す害獣として、あるいはスポーツとしてや毛皮をとるために狩られ、ドイツだけで年に18万頭、北アメリカでは42万頭も殺されている。また、ロシア、アラスカ、および北海道の一部地方では、人の難病をおこす寄生虫であるエキノコックスを媒介するので恐れられている。しかし一方では、ノネズミやノウサギの個体数を調節し、大発生を防ぐ働きが大きいとして、とりすぎを警戒する声も強い。
毛皮は婦人の襟巻、コートなどに賞用される。寒冷な地方の毛皮のほうが大きく、毛も長く密なため優良で、とくにギンギツネが高価であるが、価格は流行に応じて変動が激しく、1920年ごろは1枚平均246ドルもしたのに、1972年ごろには18ドルに下落している。しかし、野生のものは品質が均等でなく傷物が多いため、養殖のものが喜ばれる。養殖はカナダ、ロシアなどで盛んで、日本でも戦前はカナダなどから種畜を輸入して盛んに行われたが、流行が変わったこともあって近年では衰微してしまった。ヨーロッパのキツネが1868年にオーストラリアに移入されたが、またたくまにほとんど全域に分布を広げ、一部の有袋類に大きな害を及ぼしている。
[今泉吉典]
近似種
イヌ科には、大形で胴が短く、四肢が長く、吻端が太く頑丈なイヌ群、それより吻端がやや細く尾が一般に太いクルペオ群、四肢と吻が短く吻端の太さは中程度で、胴が長く臀(しり)が下がっているヤブイヌ群、四肢の長さが中間で吻端が細くとがり、尾がきわめて太いキツネ群の4群(あるいは族)がある。キツネが属するキツネ群は、系統的にクルペオ群とヤブイヌ群の中間であるため、両方の群にキツネと姿が似たものがあってキツネの名でよばれている。たとえばクルペオ群には南アメリカ産のセチュラギツネ、チコハイイロギツネ、パンパスギツネ、ヤブイヌ群にはアフリカ産のオオミミギツネ、南・北アメリカ産のハイイロギツネなどがあるが、これらは本当のキツネではない。
キツネ群にはキツネ属だけが含まれ約12種がある。体がもっとも小さく耳介の大きいのは、ヌビア砂漠からアルジェリアまでとシナイ半島およびアラビア半島の砂漠と半砂漠地帯にすむフェネックギツネV. (Fennecus) zerdaで、頭胴長36~41センチメートル、尾長18~31センチメートル、耳介は15センチメートル以上もある。毛色は砂色ないし淡赤褐色で尾端は黒色。雌雄1対とその子からなる家族で自ら掘った巣穴にすみ、夜間に出て昆虫、カタツムリ、トカゲ、小鳥、ネズミ、果実などを食べる。3~5月に1~5子を産む。6か月で成熟。寿命は飼育下で11年である。アフリカ北部、アラビア半島からアフガニスタン、バルーチスターンの砂漠、半砂漠地帯にすむオジロスナギツネV. ruppelliも耳介が大きく9~12センチメートルあるが、体のわりにはフェネックギツネよりやや小さい。頭胴長40~48センチメートル、尾長30~39センチメートル。四肢が長く、尾が太くその先が白い。体の背面は赤褐色、目の周りに暗色の斑紋がある。敵に追い詰められると背を丸めて尾を上げ、肛門(こうもん)腺の分泌液をかけるといわれる。そのほかの習性は知られていない。コルドファン高原、リビア、セネガル、ナイジェリア、カメルーンの砂漠地帯にすむオグロスナギツネV. pallidaはオジロスナギツネに似るが耳介は7.5センチメートル以下、体は淡い砂色で尾端が黒い。頭胴長40~50センチメートル、尾長25~38センチメートル。巣穴は地下2、3メートルの深さに数室があり、長さ15メートルに達するトンネルで結ばれている。家族群で暮らし、1腹3~4子。アフリカ南部の乾燥地帯にすむケープギツネV. chamaも砂色で尾端が黒いが、耳介は9~10センチメートルと長い。頭胴長45~55センチメートル、尾長35~40センチメートルである。
このほか尾端の黒いものには次の5種がある。インドのベンガルギツネV. bengalensisは体が灰褐色で、頭胴長45~60センチメートル、尾長25~35センチメートル。トルキスタン、アフガニスタン、イラン、バルーチスターンの乾燥地帯にすむブランフォードギツネV. canaは体が暗い灰色で、頭胴長40~50センチメートル、尾長37~40センチメートル。アフガニスタン北部から旧ソ連南部、バイカル湖付近までの乾燥地帯にすむコサックギツネV. corsacは、夏毛が黄褐色ないし赤褐色で耳介の後面が灰色。冬毛はきわめて厚く淡灰色をしている。頭胴長50~60センチメートル、尾長25~30センチメートル。マーモットの穴にすみナキウサギを主食とする。中央アジアでは本種の優良な毛皮をとるため、イヌワシを使ってこれを狩る。北アメリカのロッキー山脈東方にある砂漠や草原にすむスイフトギツネV. veloxは体が黄灰色で、頭胴長42~54センチメートル、尾長22~31センチメートル。100メートルまでの短距離なら食肉類中で最高といわれるほど走るのが速い。走るときはジグザグに方向を変え敵の目をくらます。おもにロッキー山脈の西方にすむキットギツネV. macrotisはスイフトギツネによく似るが、小さく、耳介が大きい。頭胴長37~50センチメートル、尾長22~30センチメートルである。
チベット、ネパールの乾燥地帯にすむチベットスナギツネV. ferrilataは尾端が白く、体が灰褐色である。頭胴長60センチメートル、尾長25センチメートル前後である。ユーラシアと北アメリカの北極地方にすむホッキョクギツネV. lagopusは耳介が短くて先が丸く、瞳孔は明るいときでも丸いままで、夏冬で毛色が変わる。夏毛は灰黒褐色であるが、冬毛には2色相がある。一つは淡青灰色ないし灰黒色、他は純白色で、毛皮では前者はアオギツネ、後者はシロギツネとよばれる。アオギツネはかつてはシロギツネより多かったが、毛皮が高価なため盛んに捕獲され、近年では数が少なくなった。本種は、夏はレミングや極地で繁殖する鳥を主食とするが、冬はそれらが姿を消すのでホッキョクグマの後をつけて食べ残しをあさり、あるいはトナカイやジャコウウシの群れの近くにいて糞や死骸(しがい)を食べる。また、海岸に打ち上げられた海獣の死骸をあさることもある。
[今泉吉典]
民俗
村里に現れ、人家にも近づく野獣で、その挙動に人々はさまざまな神秘性を感じてきた。鳴き声もなにかの前兆とされ、遠鳴きすると異変があるとか、コンコン鳴くのは吉兆で、ギャーギャー、カイカイなどと鳴くのは凶兆とかいう。また、鳴き声を聞くと不吉なことがあるとして恐れる伝えもあり、キツネには変事を予知する力があると考えていた。古くからの習俗で、平安初期の『日本霊異記(にほんりょういき)』にもみえる。奈良時代から、白いキツネをめでたいしるしとするほか、キツネが家に入ったり、異常な鳴き方をするのに注意した記録がある。
キツネに化かされたという体験譚(たん)も多く、一般的には、道に迷わされたとか、木の葉を小判に見せられたとか、現実にありえないことを思い込まされた話が多い。キツネが人間に化ける話も豊富である。キツネが美しい女に化けて人間の妻になる話は、昔話の「狐女房(きつねにょうぼう)」としてよく知られている。『日本霊異記』には、子供を殺された母ギツネが、殺した人の子の祖母に化けて孫を連れ出し殺したという話や、狐直(きつねのあたい)と名のる家の由来譚もみえ、大力(だいりき)の女の家系であったと記されている。
陰陽師(おんみょうじ)などの宗教家が霊的なキツネを支配しているという信仰は平安時代からあったようで、キツネの霊が憑(つ)いて異常な行動をとったり、病気になったりするという狐憑きも、宗教家の活動の影響である。狐憑きの人がイヌを恐れ、キツネを落とすのに「オイヌ様」といって、オオカミを使令(つかわしめ)とする神社からオオカミを借りてきた風習があったが、同じ信仰は『日本霊異記』にもみえる。
キツネは稲荷(いなり)神の使者として広く知られ、田の神の使者のようにも信仰されている。種籾(たねもみ)を日本にもたらしたのはキツネだとする伝説もある。京都市伏見(ふしみ)区の稲荷大社でも、キツネを専女三狐神(とうめさんこしん)と称して三狐社に祀(まつ)っているが、社殿の後ろのキツネの穴を「オアナ様」とよんで信仰している。稲荷信仰の基本はキツネの穴にあり、田の神の祭場といわれる狐塚にも、キツネの穴のあったものがある。水田地帯にもすむため、稲の神と結び付きやすかった。西日本で、寒施行(かんせぎょう)、穴施行といって、寒中にキツネ穴へ食物を供えたのも稲荷信仰の一つで、このとき「稲荷下(おろ)し」といって行者を伴って行き、キツネにいろいろなことを問う風習もあった。また、夜に点々とともる不思議なあかりを狐火(きつねび)というが、東京都北区王子の稲荷神社の近くにあった装束榎(しょうぞくえのき)には、大晦日(おおみそか)の晩に関東中のキツネが集まってにぎわうといわれ、その狐火で翌年の豊凶を占った。
かつては、霊的なキツネを飼育しているから栄えているという狐持ちの家があった。そこから嫁をもらうと、キツネがついてきて繁殖するとして嫌われたが、狐直のように、もとはキツネの霊力の加護を受けていることを誇りとする習慣があったのかもしれない。キツネを使役するには、身ごもった母ギツネの穴に食物を運んで手なずけるという話もある。その子供が成長すると母子で名前をもらいにきて、名をよぶと姿は見せずにその人のところにきて、さまざまな問いに答えるという。日本で名前のついたキツネが多いのは、人間とキツネとの精神的結び付きが深かったためである。
[小島瓔]
説話・伝承
キツネは身近な野生動物の一つとして、世界各地の民間伝承にしばしば登場する。日本では農業神や生産の神の使いと考えられ、ヨーロッパでも穀霊の化身の一つとされる。またキツネが人間、とくに若い女性に化けるという話は中国や日本に多いが、逆にヨーロッパでは女がキツネに変身する話が多く、魔女がキツネに変身することがあるという。日本では、天気雨や夜の山野の不審火を「狐火(きつねび)」といい、またこれが多く並んだものを「狐の嫁入り」といったり、キツネノカミソリ(ヒガンバナ科)などのように、奇妙な色や形をした植物の名にキツネの語を冠しているが、フィンランドでもオーロラのことを「キツネの光」とよび、リトアニアではキツネの出現を凶兆とする。
『イソップ物語』やフランス中世の『狐物語』にみられるように、一般にキツネは共通して悪賢い、巧知にたけた動物とされる。『狐物語』の主人公であるキツネのルナールは、悪知恵によって強者を懲らしめるが、これは日本の「吉四六(きっちょむ)話」とよく似ており、ルナールは一種のトリックスターと考えられる。善を働くとともに悪も働き、秩序の破壊者であると同時に創造者でもあるトリックスターは、他人をだますが自分もだまされるといった両義的な存在であり、対立するもの(自然と文化など)の媒介者の役割を果たす。キツネはその一典型であり、したがって神霊の化身とされたり、人間に変身したり、怪異現象と結び付けられるが、それらはこのようなキツネのもつ両義的、中間的、媒介者的役割から理解できる。
[板橋作美]
『吉野裕子著『ものと人間の文化史39 狐』(1980・法政大学出版局)』