カレル(その他表記)Alexis Carrel

デジタル大辞泉 「カレル」の意味・読み・例文・類語

カレル(Alexis Carrel)

[1873~1944]フランス外科医・生理学者。1905年米国移住血管縫合術を完成臓器移植研究組織培養法を確立し、現代生命観影響を与えた。1912年ノーベル生理学医学賞受賞。著「人間―この未知なるもの」ほか

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精選版 日本国語大辞典 「カレル」の意味・読み・例文・類語

カレル

  1. ( Alexis Carrel アレクシス━ ) フランスの外科医、生理学者。組織培養法を発見し、またデーキンとともに創傷に対するデーキン‐カレル療法をはじめる。一九一二年、ノーベル生理・医学賞受賞。主著「人間━この未知なるもの」。(一八七三‐一九四四

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改訂新版 世界大百科事典 「カレル」の意味・わかりやすい解説

カレル
Alexis Carrel
生没年:1873-1944

フランスの外科医。リヨンに生まれ,リヨン大学で医学を修め,1906年ニューヨークのロックフェラー医学研究所に入り,39年まで在職した。簡便な血管縫合術を開発,また組織培養法を開拓して生物学研究に新しい方法を提供した。臓器移植のため,血液代用液を灌流させて臓器やその一部を長期間生存させる実験を続け,ニワトリ胚の心臓組織を30年余り生存させることに成功した。1912年ノーベル生理・医学賞を受賞。第1次大戦に従軍し,創傷を防腐液で灌流するカレル=デーキン法を創始して死亡率を下げた。大西洋横断飛行のC.リンドバーグと共同で35年人工心臓装置を試作した。著書《人間,この未知なるものL'homme,cet inconnu》(1935)は有名。1940年からフランスで公衆衛生調査にあたり,解放後パリで死去。
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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「カレル」の意味・わかりやすい解説

カレル
Carrel, Alexis

[生]1873.6.28. リヨン
[没]1944.11.5. パリ
フランスの外科医,社会学者,生物学者。 1900年,リヨン大学で学位取得。 04年カナダへ,翌年アメリカに渡ってシカゴ大学に入り,次いでニューヨークのロックフェラー医学研究所に移る。そこで組織の体外培養を研究。実験に用いたニワトリの心臓組織が 30年あまり生き続け「不死の鶏」と呼ばれた。 12年,血管縫合法の開発と血管および臓器移植の研究でノーベル生理学・医学賞を受賞。第1次世界大戦の際にはフランスに戻り,夫人とともに従軍して,カレル=デーキン法と呼ばれる灌流法や輸液法の応用で傷病兵の救護に活躍した。 19年から第2次世界大戦が始るまではロックフェラー研究所に戻ったが,大戦時にはフランス公衆衛生省の委員となり,41年パリの人間問題研究財団理事となった。主著『人間-この未知なるもの』 Man,the Unknown (1935) ,『臓器培養』 The Culture of Organs (38) 。

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「カレル」の意味・わかりやすい解説

カレル
かれる
Alexis Carrel
(1873―1944)

フランスの外科医、生理学者。リヨンに生まれ、リヨン大学医学部卒業後、同大学の教授を経てアメリカに渡り、ロックフェラー医学研究所で研究に携わる。血管縫合術(カレル縫合)、臓器移植に関し優れた業績をあげたほかに、組織培養法を確立した。その方法を用い、ガラス器内に移された細胞群が個体の寿命を超えて生き続けることを明らかにし現代の生命観に大きな影響を与えた。その著書『人間――この未知なるもの』(1935)で、人間を総合的に理解することの重要性を説いている。「血管縫合と血管・臓器の移植の研究」により、1912年ノーベル医学生理学賞を受賞した。

[竹内重夫]


カレル(1世)
かれる

カール(4世)

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百科事典マイペディア 「カレル」の意味・わかりやすい解説

カレル

フランスの外科医,生理学者。リヨン大学で医学を学び,のち同大学教授。1906年米国のロックフェラー医学研究所員となる。組織培養法の創始に成功し,白血球の出す発育促進物質を発見した。1912年ノーベル生理医学賞。ほかに血管縫合術および臓器移植法に功績がある。

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世界大百科事典(旧版)内のカレルの言及

【カール[4世]】より

…ルクセンブルク家のボヘミア王,ドイツ王(在位1346‐78),神聖ローマ皇帝(在位1355‐78)。ボヘミア王としてはカレル1世Karel Iとよばれる。少年期の7年間パリ宮廷で教育を受け,15歳で父ヨハンの代理として自家の北イタリアへの勢力拡大工作に従事。…

【チェコ】より


[ドイツ化とその反動]
 中世におけるチェコの繁栄は14世紀のルクセンブルク朝(1310‐1437)のもとで促進された。百年戦争中フランスの宮廷で成人した同朝のボヘミア王カレル1世(在位1346‐78)は,ハプスブルク家の躍進を危惧したドイツ諸侯によって1347年,神聖ローマ皇帝に選出された(皇帝としてはカール世)。彼は1356年に金印勅書を発布してボヘミア王を7選帝侯の首位におき,帝国の強化の基礎をチェコにおいたのである。…

【チェコスロバキア】より

…しかし同時に,インドなどのアジア市場における靴の販売競争を通して,両国間に経済的な競合関係も生じている。 第2次大戦によって両国の交流は一時中断したが,戦後プラハのカレル大学(プラハ大学)に日本語・日本学講座が開設され,本格的な日本研究の基礎が築かれた。57年には日本とチェコスロバキアの国交が回復し,東京とプラハに大使館が開設された。…

【奇跡】より

…近代におけるもっとも有名な奇跡は1858年南フランス,ルルドにおける少女ベルナデットBernadetteへの聖母マリアの出現と,その出現場所に湧出した泉による難病治癒である。1882年以降常設の医局が調査に当たっているが,1903年巡礼団付医師としてルルドを訪れ,みずから診察した死の患者の奇跡的な治癒を目撃したA.カレル(1912年ノーベル医学賞受賞)によって厳密な科学的研究への道が開かれた。カトリック教会は数次にわたる調査の結果,1923年にはじめて聖母出現を公式に事実として認め,33年にベルナデットを列聖し,治癒事例のうち比較的少数のものを奇跡と認定した。…

【培養】より

…温血動物の組織の増殖に興味をもっていたバローズM.T.Burrowsは,ニワトリの血漿を支持体および栄養源として用い,ニワトリ胚の神経系,心臓,皮膚などの外植体の細胞を増殖させた(1910)。さらに,A.カレルと協力して,哺乳類の成体からの外植片や癌化した組織を増殖させ,植え継ぎによる細胞の継代に成功し,そのうえ,ニワトリ胚の抽出物と血漿の混合液が優れた培養液であることをみいだした。外科医であったカレルは,無菌技術を導入し,長期培養に適したフラスコ培養器を考案して,ニワトリ胚の細胞を生体外で34年間も増殖させ続けた。…

【霊媒】より

…有名な霊媒には,ヒューム(ホーム)Daniel Dunglas Home,パラディーノEusapia Palladino(以上物理的霊媒),パイパーLeonore Piper,ギャレットEileen Garrett(以上心理的霊媒)などがいる。そのうちパラディーノに関しては犯罪学者ロンブローゾらが,パイパーに関しては心理学者W.ジェームズらが,ギャレットに関しては生理学者カレルらが実験的研究を行っている。霊媒を通じて,通常では得られない死者に関する正確な情報が得られても,その由来を解釈する場合,死後生存仮説の対立仮説として,実在するあらゆる情報源から超感覚的に関連情報を探し出し利用したとする超ESP仮説があり,死後生存の証明はきわめて難しいとされる。…

※「カレル」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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