生物組織の小片をとってガラス器内で適当な栄養を与えて生存、増殖させることをいう。器官培養とともに、生体構成要素を生成から切り離して培養、観察するための主要な技術であり、細胞培養は組織培養の特殊な場合と考えることができる。組織培養はR・G・ハリソンのカエルの神経の培養に始まり、その後カレルなどによって改良され、現在では種々の組織の培養が可能である。培養液としては、生理的塩類溶液に血清を添加したものが多用されるが、完全合成培地も用いられる。組織培養は癌(がん)化、組織間相互作用、組織に対する化学物質の影響、組織の運動性など、広範囲な研究においてきわめて重要な解析手段を提供している。
[八杉貞雄]
広義では、プロトプラスト(原形質体)、細胞、花粉粒、卵細胞、細胞の集合体である組織、組織が集合し機能的に分化した器官、諸器官の集合体である個体および幼胚(ようはい)などを、それぞれ特定の目的をもって、無菌状態下で人為的培地を用いて培養することをいう。培養に供する置床(ちしょう)材料をエクスプラントexplant(外植(がいしょく)体)とよぶ。同一個体では、その個体が遺伝的にホモ(同型)の場合にはすべての細胞が、ヘテロ(異型)の場合には生殖細胞を除くすべての細胞がもっている遺伝的情報は、それら細胞の由来する組織や器官の種類のいかんにかかわらず潜在的には同じであると考えられる。したがって、これらを置床材料として行う組織培養の用途は広く多岐にわたる。そのおもな面をあげると、(1)形態形成、代謝生理その他基礎生物科学の研究、(2)細胞やプロトプラストを材料として、プロトプラスト融合による細胞雑種の育成、マイクロ・インジェクション(顕微注射)、諸プラスミド利用による組換えDNAなど細胞や染色体工学、遺伝子工学など先端技術応用の場とする、(3)培地添加物質、培養細胞照射などにより培地細胞の遺伝的変異を拡大(高光合成機能、貯蔵タンパク質の改変と増大、成長促進、特定有用物質生産、ストレス抵抗性、病害虫抵抗性など)し、育種素材を提供する、(4)細胞培養による物質の直接生産、(5)茎頂(成長点)培養によるウイルス・フリー(ウイルス無病)個体の育成、(6)同一遺伝子系をもった栄養系(クローン)の急速増殖、(7)花粉粒由来半数性(染色体数が普通の半分)植物の育成とその染色体倍加による遺伝的ホモ個体の短期間育成、(8)培養茎頂、培養個体などによる栄養繁殖作物遺伝資源の長期保存への適用、などである。
しかし、未解決の問題も多く、それらには、(1)培養で得られる個体のなかには、遺伝子的あるいは染色体的突然変異が現れる、(2)培養細胞や組織からは物質生産が行われないことがある、(3)置床材料の種類によっては、培養からの個体再生はかならずしも全植物で容易とはいえない、などをあげることができよう。
培地には固形培地、液体培地などがあるが、それらの成分は、植物対象の場合、水、無機要素(N、P、K、Ca、Mg、Feなどのほか微量金属としてMn、Cu、Zn、Mo、B)、ビタミン(チアミン、ピリドキシン、ニコチン酸など)、ミオイノシトール、有機窒素源(アミノ酸)、植物成長調節物質(オーキシン、サイトカイニン、ジベレリン、アブシシン酸、エチレン、その他)、ときによりココナッツミルク、カゼイン加水分解物、炭素源(ショ糖、ブドウ糖など)、寒天(0.6~1.0%)などである。培地をつくるには、これらを適当に熱をかけてよく溶かし、適当の水素イオン濃度(普通pH5.4~6.0)に調整すればよい。固形培地ではムラシゲとスクーグの考案した組成がもっともよく使用されている。培地の組成、とくに添加するホルモンの種類や濃度によって、置床材料から増殖する細胞が脱分化(カルスが生じることをいう)をおこし、無定形のカルス状となる場合と、直接、根、茎葉などを分化する場合とがある。また分化に際し、受精胚と類似した胚様体を経て個体を形成する場合もある。脱分化した材料が培地をかえて器官や個体を分化することを再分化という。組織培養における分化は、置床材料、培地組成、培地環境(固形培地、液体静置、液体振盪(しんとう)、光の有無と強弱、温度など)に大きく左右される。
[飯塚宗夫]
『高岡聰子著『組織培養入門――生きつづける培養細胞』(1986・学会出版センター)』▽『竹内正幸著『植物の組織培養』(1987・裳華房)』▽『日本組織培養学会編『組織培養の技術』(1988・朝倉書店)』▽『久保田旺編『生物工学(バイオテクノロジー)の基礎』(1988・筑摩書房)』▽『松戸多良ほか著『バイオテクノロジー実験入門1 組織培養の基礎と実際』(1989・明文書房)』▽『清水碩ほか著『絵とき 植物組織培養入門』(1992・オーム社)』▽『小島邦彦著『植物組織培養の栄養学』(1993・朝倉書店)』▽『西山市三著『植物細胞遺伝工学』(1994・内田老鶴圃)』▽『日本組織培養学会編『組織培養の技術 基礎編』『組織培養の技術 応用編』(1996・朝倉書店)』▽『松野隆一ほか著『生物化学工学』(1996・朝倉書店)』▽『大場秀章編『日本植物研究の歴史――小石川植物園300年の歩み』(1996・東京大学総合研究博物館、東京大学出版会発売)』▽『日本組織細胞化学会編『組織細胞化学(1997)――第22回組織細胞化学講習会』(1997・学際企画)』▽『池上正人著『植物バイオテクノロジー』(1997・理工図書)』▽『古在豊樹著『植物組織培養の新段階――培養器環境から地球環境へ』(1998・農山漁村文化協会)』▽『東京大学大学院農学生命科学研究科生産・環境生物学専攻編『実験生産環境生物学』(1999・朝倉書店)』▽『辻井弘忠ほか著『ニューバイオテクノロジー入門』(2002・培風館)』▽『鵜飼保雄著『植物育種学――交雑から遺伝子組換えまで』(2003・東京大学出版会)』▽『大沢勝次・久保田旺編著『植物・微生物バイテク入門』『植物バイテクの実際』(2003・農山漁村文化協会)』
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(川口啓明 科学ジャーナリスト / 菊地昌子 科学ジャーナリスト / 2007年)
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生体の組織全体(器官培養),組織の一部(組織培養),あるいは細胞(細胞培養)を取り出し,それらの特性をある程度保持させながら培養すること.培養液の組成には種々の工夫が凝らされており,無機塩類にビタミンや栄養素を加えた単純なものから,成長因子を多数含む血清を加えた複雑なものまである.
出典 森北出版「化学辞典(第2版)」化学辞典 第2版について 情報
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…リヨンに生まれ,リヨン大学で医学を修め,1906年ニューヨークのロックフェラー医学研究所に入り,39年まで在職した。簡便な血管縫合術を開発,また組織培養法を開拓して生物学研究に新しい方法を提供した。臓器移植のため,血液や代用液を灌流させて臓器やその一部を長期間生存させる実験を続け,ニワトリ胚の心臓組織を30年余り生存させることに成功した。…
…光学顕微鏡や電子顕微鏡を用いる形態学的な方法にかぎらず,生理学的また生物化学的な方法を用いて多角的に研究される。また,個体から取り出した組織片をそのまま調べる従来からの方法だけでなく,近年は組織片や細胞群をガラス器内で培養する組織培養法が発達した。組織培養した細胞により薬物の作用を研究したり,抗体や一定の物質を製造することも盛んに行われている。…
…これらの各種イオン,栄養,pHなどの化学的環境因子のほかに,温度,光,酸素分圧,二酸化炭素分圧,支持体などの物理的環境因子も,培養に重要な条件である。 動物の生体外培養は,組織培養,器官培養,細胞培養の3種類に大別される。組織培養tissue cultureは,組織の小片を培養液の入った容器内で増殖させたり,その正常な機能を続けさせるようにくふうされた最も古い培養法である。…
※「組織培養」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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