カンピロバクター感染症

EBM 正しい治療がわかる本 「カンピロバクター感染症」の解説

カンピロバクター感染症(食中毒)

どんな病気でしょうか?

●おもな症状と経過
 カンピロバクター感染症は細菌によって引きおこされる食中毒の一つで、多くのケースは加熱処理が不十分な鶏肉を食べておこります。摂取後2~5日たって、腹痛、発熱、下痢(げり)、血便、嘔吐(おうと)などの症状がおこります。
 大部分は軽症で数日間で自然におさまりますが、重症の場合は抗菌薬による治療を行います。血便を伴って赤痢(せきり)と間違われることもまれにあります。また、子どもの下痢患者さんから高頻度(ひんど)にカンピロバクター菌が検出されることもあります。
 食中毒の場合は、患者さんの便や嘔吐したものに触れてカンピロバクター菌に汚染され、その結果、周囲に二次感染を引きおこすこともありますので、看護をする場合は手洗いを厳重に行うなどの注意が必要です。

●病気の原因や症状がおこってくるしくみ
 原因となる細菌はカンピロバクター・ジェジュニ(Campylobacter jejuni)とカンピロバクター・コリ(Campylobacter coli)の2種類です。ニワトリをはじめとした家畜や鳥類の腸管内に寄生している細菌で、家畜に腸炎や流産をおこす菌として注目されていました。1970年代になって人間にも腸炎を引きおこすことが明らかになり、現在では細菌性腸炎の原因菌として重要な位置を占めるようになっています。
 潜伏期間は2~5日間で、ペットからの経口感染、あるいは汚染された井戸水、河川からの経口感染により、カンピロバクター菌が人間の腸管内で増殖して発病します。

●病気の特徴
 世界中どの国でもみられ、細菌性腸炎の10~20パーセントを占めるといわれています。とくに5歳未満の子どもで頻度が高いのが特徴です。わが国で発生する食中毒は、サルモネラ腸炎ビブリオによるものがもっとも多く、次いでカンピロバクター菌および黄色(おうしょく)ブドウ球菌、下痢性病原大腸菌によるものとなっています。


よく行われている治療とケアをEBMでチェック

[治療とケア]安静を保ち、十分に水分を補給する
[評価]☆☆☆☆
[評価のポイント] カンピロバクター感染症に限らず急性の下痢では水分の補給が非常に重要です。このときに真水やお茶などでなく、適量の糖分と塩分を含んだ飲み物(たとえばスポーツ飲料など)を飲むと、水分と電解質の吸収が速いため、より効果的であることがわかっています。ただし、どのような補給のしかたが一番効果的かという臨床研究はありますが、水分を補給しなかった場合と比較して実際に効果を確かめる臨床研究は、倫理的に認められないので行われていません。(1)~(5)

[治療とケア]重症の場合は抗菌薬を用いる
[評価]☆☆
[評価のポイント] どのような患者さんに抗菌薬を使って治療すべきかには明確な基準がありません。しかし、発熱や下痢、血便などの症状がある場合、小児や高齢者、そのほか免疫機能の低下が疑われるような患者さんに対しては、抗菌薬の投与の適応があるとされています。(6)(7)


よく使われている薬をEBMでチェック

抗菌薬
[薬名]シプロキサン(塩酸シプロフロキサシン)(8)
[評価]☆☆☆☆
[薬名]クラリス/クラリシッド(クラリスロマイシン)(9)
[評価]☆☆☆☆
[薬名]ジスロマック(アジスロマイシン水和物)(9)(10)
[評価]☆☆☆☆
[評価のポイント] これらの抗菌薬を用いることによって病気にかかっている期間が短縮されることが、信頼性の高い臨床研究によって確認されています。


総合的に見て現在もっとも確かな治療法
子どもに多いのが特徴
 カンピロバクター感染症は細菌によって引きおこされる食中毒の代表的なもので、症状は腹痛、発熱、下痢、血便、嘔吐などです。とくに5歳未満の子どもに多くみられるという特徴があります。便や吐いたものからの二次感染の可能性もありますので、看護する人は手洗いなどを厳重に行うべきでしょう。

なるべく口から水分を補給する
 下痢が激しい場合は、水分が失われるので、これをうまく補給することが対症療法として重要になります。できるかぎり経口(口から飲む形)で水分を補給しましょう。腸管からカリウムナトリウムなどの電解質が失われますので、ある程度電解質が入っている水分が望ましいといえます。しかし、厳密に電解質液の濃度が決まっているということはありません。体には、細胞の環境(浸透圧、電解質、酸素、エネルギー源など)を一定に保つホメオスターシスという働きが備わっているからです。経口で水分を摂取できない患者さんでのみ、点滴で水分を補給します。

ニューキノロン系の抗菌薬で症状が軽快
 一般的には、抗菌薬を服用しなくても自然によくなりますが、抗菌薬を服用すると症状はより短期間で消失するとの臨床研究が行われています。
 したがって、もともと重い病気のある患者さんであったり、下痢が3、4日以上続いていたり、血便や高熱を認める患者さんでは抗菌薬を服用すべきでしょう。若くて、下痢以外にはなんら症状がない患者さんの場合は、抗菌薬を服用しなくてもよいでしょう。
 抗菌薬のうち、カンピロバクターによる腸炎に有効であることが臨床研究で明確に示されたのはニューキノロン系のシプロキサン(塩酸シプロフロキサシン)ですが、最近ではマクロライド系のクラリス(クラリスロマイシン)、ジスロマック(アジスロマイシン水和物)などが有効であることも実証され、よく用いられます。

(1)Avery ME, Snyder JD. Oral therapy for acute diarrhea. The underused simple solution. N Engl J Med. 1990;323:891-894.
(2)Carpenter CC, Greenough WB, Pierce NF. Oral-rehydration therapy--the role of polymeric substrates. N Engl J Med. 1988;319:1346-1348.
(3)Santosham M, Burns B, Nadkarni V. Oral rehydration therapy for acute diarrhea in ambulatory children in the United States: A double-blind comparison of four different solutions. Pediatrics. 1985;76:159-166.
(4)Duggan C, Santosham M, Glass RI. The management of acute diarrhea in children: Oral rehydration, maintenance, and nutritional therapy. Centers for Disease Control and Prevention. MMWR Morb Mortal Wkly Rep. 1992;41:1-20.
(5)de Zoysa I, Kirkwood B, Feachem R, et al. Preparation of sugar-salt solutions. Trans R Soc Trop Med Hyg. 1984;78:260-262.
(6)Ruiz-Palacios GM. The health burden of Campylobacter infection and the impact of antimicrobial resistance: playing chicken. Clin Infect Dis. 2007;44(5):701.
(7)感染性腸炎研究会総会2009年度資料.2010年研究計画書.14. 2009.
(8)Anders BJ, Lauer BA, Paisley JW, et al. Double-blind placebo controlled trial of erythromycin for treatment of Campylobacter enteritis. Lancet. 1982;1:131-132.
(9)Pichler H, Diridl G, Wolf D. Ciprofloxacin in the treatment of acute bacterial diarrhea: a double blind study. Eur J Clin Microbiol. 1986;5:241-243.
(10)Kuschner RA, Trofa AF, Thomas RJ, et al. Use of azithromycin for the treatment of Campylobacter enteritis in travelers to Thailand, an area where ciprofloxacin resistance is prevalent. Clin Infect Dis. 1995;21:536-541.

出典 法研「EBM 正しい治療がわかる本」EBM 正しい治療がわかる本について 情報

内科学 第10版 「カンピロバクター感染症」の解説

カンピロバクター感染症(Gram 陰性悍菌感染症)

(10)カンピロバクター感染症(Campylobacter spp.infection)
定義・概念
 カンピロバクター属(Campylobacter spp.)の細菌による感染症である.
原因
 カンピロバクター属はグルコースを発酵しオキシダーゼ反応陰性の腸内細菌科に属する螺旋型をしたGram陰性桿菌で,臨床的にはCampylobacter jejuni,C. coliおよびC. fetusが代表的な菌種である.C. jejuni,C. coliは主として腸管感染症の原因菌であり,C. fetusはおもに腸管外感染症の原因菌である.
疫学・統計的事項
 食中毒統計によれば,発生件数と患者数において,カンピロバクター食中毒は最近の細菌性食中毒の第一位を占めており,C. jejuni あるいはC. coliによる食中毒患者数は年間2000~2300人と報告されている(厚生労働省).しかし,食中毒としてではなくカンピロバクターによる感染性腸炎と判断されれば届け出られることがなく,しかもカンピロバクター腸炎の患者数は食中毒として届け出られる数よりも多いと推測されている.また,食中毒でなければC. fetus感染症にも届け出義務がない.そのため,実際のカンピロバクター感染症の患者数は不明である.なお,カンピロバクター腸炎は国内感染のみでなく,輸入感染症としても患者が発生している.
感染経路
 カンピロバクター属の感染経路は経口感染である.C. jejuniやC. coliは同菌に汚染された肉類の摂取で感染する症例が多い.C. jejuniはニワトリ,ウシ,ヒツジなどの腸管内に広く常在菌として保菌されており,特に鶏肉やウシの肝臓を生あるいは加熱不十分な状態で摂取することによる感染がよく知られている.C. jejuniは100個程度の少量の菌量でも感染し発症すると考えられている.C. coli はブタでの保菌率が高いことが知られている.C. fetus感染症も同菌に汚染された肉類(特に肝臓)を生や加熱不十分な状態で摂食することや,動物との接触による感染が主原因と考えられている.
病態生理
 カンピロバクター属の発症機構は不明である.カンピロバクター属の代表菌種であるC. jejuniはエンテロトキシンなどの毒素関連物質を産生するとの報告もあるが,血中に抗体が出現することと腸管粘膜に炎症がみられることから,C. jejuniは腸管粘膜へ侵入しそのことが発症の主たる機序であろうと推測されている.
臨床症状
1)腸管感染症:
上述したようにC. jejuni,C. coliが主要原因菌である.特にC. jejuniによる感染例が多い.主症状は下痢で,血便や高熱を伴うことも多い.発症当初は泥状あるいは水様便で,時間の経過とともに血便となる.しかし,症状の種類や程度は症例によって差異がある.C. jejuniによる腸炎の潜伏期は2〜8日とされている.
2)腸管外感染症:
C. jejuni,C. coliも腸管外感染症の起因菌となり得るが,C. fetusが敗血症,髄膜炎,心内膜炎,心外膜炎,腹膜炎,虫垂炎,蜂窩織炎,壊死性筋膜炎,骨髄炎,関節炎,尿路感染症など多彩な腸管外感染症の原因となる.悪性腫瘍,肝硬変,糖尿病,HIV感染症などの免疫障害を引き起こす疾患がある人に多く発生する傾向がある.
検査成績
 一般的な血液検査でカンピロバクター感染症に特異的な検査成績はない.腸管感染症,腸管外感染症ともに末梢血の白血球数や血清CRP値増加を認めることが多いが,特に腸管外感染症でその傾向が強い.
診断
 臨床症状から確定診断することは不可能である.患者の検体(下痢患者では便,発熱患者では血液など)からカンピロバクター属の菌を分離することで確定診断する.
合併症
 C.jejuni感染症に合併するGuillain-Barré症候群が知られており,下痢を発症して1〜3週後に出現する.神経系のGM1-ガングリオシドはC. jejuniの外膜リポ多糖体と共通する構造を有しており,C. jejuni感染により産生されたIgG抗体が神経系のGM1-ガングリオシドにも結合することが原因と推定されている(古賀ら,2003).その他の合併症としてブドウ膜炎,溶血性貧血,脳症,HLA B27を有する患者における関節炎などがある.なお,C. jejuni以外ではサイトメガロウイルスなどがある.
治療・予後
1)C. jejuniやC. coliによる腸炎:
一般的に予後は良好で多くは自然に改善し,対症療法のみで抗菌薬の投与を必要としないことが多い.中等から重症者,易感染者,二次感染を起こす可能性のある集団生活者,保菌状態のため就業制限を受けている感染者に必要があって抗菌薬を投与する場合は,マクロライド系抗菌薬を使用する(成人患者への投与例:エリスロマイシン 200 mg/回,1日4回,3~5日間経口投与,クラリスロマイシン200 mg/回,1日2回,3~5日間経口投与など).フルオロキノロン系抗菌薬に対し耐性化を短時間で獲得するため,C. jejuniやC. coliによる腸炎と判明している症例には,フルオロキノロン系抗菌薬を投与しない.
2)C. fetus感染症:
免疫能が障害された人にみられることが多く,通常は抗菌薬を投与する.以前はエリスロマイシンやゲンタマイシンが使用されていたが,最近ではカルバペネム系抗菌薬が使用される場合が多い.
予防
 家族や他人への感染を防止する目的で,感染者には手洗いの励行を勧める.医療従事者も自己への感染や院内感染などを防止するために,手洗いを行う.さらに糞便で汚染された物体に触れる可能性があれば手袋を着用し,手袋を脱いだ後にも手洗いを行う.
法的対応
 食中毒と診断した場合は,食品衛生法の規定により直ちに(24時間以内に)保健所へ届け出る.[大西健児]
■文献
古賀道明,結城伸泰:Campylobacter jejuni腸炎とギラン・バレー症候群.感染症学雑誌,77: 418-422,
2003.厚生労働省:病因物質別月別食中毒発生状況. http://www.mhlw.go.jp/topics/syokuchu/04.html

出典 内科学 第10版内科学 第10版について 情報

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