イギリスの作家、J・スウィフトの風刺小説。1726年刊。4巻。主人公ガリバーが航海中に難船し、順次、小人国、大人国、空飛ぶ島の国、馬の国に漂着し、それぞれの国で奇異な経験をする物語。奔放な空想力を駆使した作品で、今日なお世界各国で愛読される。ガリバーが巨人扱いされる小人国の巻、逆に愛玩(あいがん)物となる大人国の巻が、児童読み物としてもとくに人気を保つ。本来は、全編が痛烈な人間揶揄(やゆ)の風刺作品で、たとえば空飛ぶ島の巻では、無用な実験、探究に明け暮れる自然科学者を俎上(そじょう)にのせる。もっとも辛辣(しんらつ)なのは馬の国の巻で、ここでは馬が理性を備えて支配者の地位にたち、人間そっくりのヤフーという動物は、家畜も野生種もきわめて醜悪、無恥、下劣、不潔な動物として描かれる。政界進出を志しながら、失意を味わわされた作者前半生の苦い思いが、かかる辛辣な作品を書かせたといわれる。文章は平明で、イギリス散文の模範と目される。日本では夏目漱石(そうせき)がいち早く『文学評論』で評論している。まさに人間憎悪の精神と非凡な着想との織り成した奇作である。
[朱牟田夏雄]
『平井正穂訳『ガリバー旅行記』(岩波文庫)』
イギリスの作家スウィフトの代表的風刺物語。1726年刊。当時流行の旅行文学,あるいは新しい学問としての科学に対する風刺として書かれたとされるが,結果は人間一般に対する鋭い風刺となっている。ガリバーという男が船医となって海へ出るが,いつもきまって難破し奇妙な国に漂流する。第1巻では小人国リリパットの宮廷の様子を通して当時のイギリスの政治が風刺される。第2巻では彼を含めたヨーロッパ人の残忍な性質が巨人国ブロブディングナグの人によって風刺され,第3巻の旅では当時の学問が風刺の対象とされる。第4巻では馬の国の馬フィヌムの理性がガリバーによって賞賛され,人間の姿をしたヤフーの低俗さが示される。ヤフー=人間嫌いとなったガリバーの絶望はスウィフトの強烈な風刺精神の一端を示しているが,他方では作者スウィフトはガリバーを客観化し,喜劇化している。鋭い人間観察を盛りこみながら,おとなにも子どもにも愛読者をもつ風刺文学の傑作である。
執筆者:榎本 太
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…また《おだやかな提案》(1729)ではアイルランドの悲惨な現実と不在地主に対する強烈な風刺を示した。《ガリバー旅行記》(1726)が書かれたのはこうした愛国者としての戦いの時期ともかなり重なっている。しかしこれは元来A.ポープらのスクリブリアラス・クラブでの企画から生まれたといわれる。…
…〈解放型〉を〈陽〉とすれば,こちらは〈陰〉である。この代表がスウィフトで,《ガリバー旅行記》はあまりにも有名である。全身黄色に染まって糞便の食品化の実験に没頭する科学者,糞便の色,におい,味,濃度などによって人間の思想を判断しうると考える教授など,スカトロジックなエピソードがふんだんに出てくる。…
…ポパイ,ベティ・ブープなどの人気キャラクターをスクリーンに生かしたアメリカのアニメーション作家兄弟。兄のマックス・フライシャーMax Fleischer(1883‐1972)はオーストリアのウィーン生れ。弟のデーブ・フライシャーDave Fleischer(1894‐1979)は一家が渡米後,ニューヨークで生まれた。1900年にマックスは《ブルックリン・イーグル》紙の走りづかいとなり,そこの日曜版の漫画家だったジョン・R.ブレイと知り合い,15年にはブレイのスタジオで,弟のデーブと組んで漫画映画をつくりはじめた。…
… 第4に,文学的表現としての諧謔(かいぎやく)のユートピアがある。すでに18世紀にJ.スウィフトが《ガリバー旅行記》(1726)において,極大と極小の架空社会を描いたときに,理想国家の冷厳な現実が間接的にとりあげられていた。S.バトラー《エレホン》(1872)もまた,一見理想的にみえる社会のうちに逆説的な暗黒面を見いだし,結果として未来の予測可能性を疑わしめることになった。…
…このようにして日本の存在がヨーロッパ人の好奇心をそそり,以後日本を訪れる西欧人は鎖国にもかかわらず,例えば三浦按針ことウィリアム・アダムズのように,なにがしかの情報を故国に伝えることができた。日本に足を踏み入れたことのないJ.スウィフトが,《ガリバー旅行記》(1726)という完全な創作の中で日本見聞記を書くことができたのも,ある程度の日本についての知識が広まっていたからであろう。 東西への航海によって世界の富を集めていた16世紀のスペインに,一般社会から疎外された〈ピカロ〉(〈悪漢〉の意)の放浪の旅を語る〈ピカレスク小説(悪者小説)〉が流行し,これが1世紀ほどのうちにフランス,イギリス,ドイツに伝わり各国で傑作を生み出した。…
※「ガリバー旅行記」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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