シリア生まれのギリシア語による作家。イオニアで修辞学とアッティカ風散文(擬古文)をマスターし、ギリシア、イタリア、ガリアを遊歴して法廷弁護人あるいは講演者として名声を博した。40歳ごろからアテネで作家生活に入り、晩年はローマ帝国のエジプトで仕官した。作品は偽作も含めて八十余編で多くは対話形式。当時はギリシアの神々への信仰が衰えてすでに久しく、キリスト教もいまだ世界宗教とはならず、世間にはいかがわしい宗教がはびこり、ピタゴラス派、アカデメイア派、犬儒派、逍遙(しょうよう)学派、ストア派、エピクロス派、懐疑派などの末流が実りのない議論に明け暮れていた。こうした奇跡演出者や哲学諸派の名誉欲、金銭欲、迷信などを風刺した作品が多い。自伝的小品『夢』、哲学諸派を叩(たた)き売る『生き方の競売』、アクロポリスから金貨を垂らして哲学者どもを釣り上げる『漁師』、えせ宗教家・哲学者を攻撃する『偽予言者アレクサンドロス』『ペレグリノスの昇天』、崇拝されなくなったオリンポスの神々がうろたえる『悲劇役者ゼウス』、迷信を笑う『嘘(うそ)好き』、友情論『トクサリス』、虚実の間(あわい)に生きる遊女や嫖客(ひょうかく)の哀歓を描く『遊女の対話』、そして月世界旅行や鯨の胎内生活を含む『本当の話』は後世の模倣者も多い。彼自身は確固たる哲学的立場をもたないが、その多才な知性のゆえに、古代のエラスムス、ボルテールとも称される。
[中務哲郎]
ローマ時代に活躍したギリシアの作家。シリアのサモサタに生まれ,最初は叔父のもとで石工の修業をしたが肌に合わず,まもなくしてやめ,ギリシア語を学び弁論家となって各地を旅した。40歳ほどになってアテナイに住むようになり,このころから新ソフィスト的な修辞学よりも哲学に関心を移し,洗練されたアッティカ語の名文で多くの著作をしたが,その後エジプトでローマの役人になったこともあったらしい。幾つかの偽作を含めて彼の作品と称されるものが80編ほど伝わっているが,代表作には《本当の話》《ペレグリノスの昇天》,また対話形式で書かれた《神々の対話》《死者の対話》などがある。いずれも鋭い風刺をこめて書かれた想像力豊かな楽しい作品で,ラブレー,エラスムス,スウィフトなど後世の風刺的作品を書いた作家たちの手本とされたほどよく読まれ,大きな影響を与えている。
執筆者:引地 正俊
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120?~185?
シリアのサモサタ出身のギリシア系文人。弁論家としてローマ帝国各地を旅し,のちにアテネに定住して哲学に関心を寄せ,優れた擬古文を用いて新しい風刺文学を開いた。著書『神々の対話』など。
出典 山川出版社「山川 世界史小辞典 改訂新版」山川 世界史小辞典 改訂新版について 情報
…飛ぶことのできたうれしさのあまり太陽に近づきすぎ,翼を固めた蠟が溶けて墜死したギリシア神話のイカロスの話はその例としてあげることができる。また2世紀にはギリシアのルキアノスによって,月世界旅行のSFの第1号ともいえる,暴風雨で月まで飛ばされた船と乗組員の話がつくられている。 その後,17世紀ごろまで目だったものはなかったが,地球と宇宙そのものに対する理解が深まるとともに,多くの人によって宇宙旅行が空想されるようになった。…
…途中《クピドとプシュケ》の物語が挿入されているが,これは神話の研究上貴重なものとなっている。動物の姿で人間社会を見るという形式としては,夏目漱石の《吾輩は猫である》の源流に当たるといえるが,同じ2世紀のギリシアのルキアノスにも《ルキオスかろばか》と題する作品があり,2人の著作の手本となったさらに古い作品が存在したと考えられ,それはパトラスの人ルキオスLoukiosによってギリシア語で書かれたと伝えられる《ろば物語》であったとみなされる。しかしこの原作は現存していない。…
…他方,アルキロコスやアリストファネスらの活発な風刺の精神もなお衰えず,この時期の文学に異彩を加えている。サモサタの(自称シリアの)ルキアノスはみごとなアッティカ風文語文によって世に蟠踞する偽予言者,偽哲学者などを次々に風刺のやり玉にあげている。あらゆるものが彼の否定的・懐疑的な笑いの対象とされながら,古典期のギリシア文学のみはやはり一種の聖域となっており,ルキアノスもまた,懐旧の時代の申し子であったことがわかる。…
…2世紀のギリシアの作家ルキアノスの代表的な作品。作者が50歳ごろの円熟期に書かれたと考えられる。…
※「ルキアノス」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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