クリティカルシンキング(英語表記)critical thinking

デジタル大辞泉 「クリティカルシンキング」の意味・読み・例文・類語

クリティカル‐シンキング(critical thinking)

物事や情報を無批判に受け入れるのではなく、多様な角度から検討し、論理的・客観的に理解すること。批判的思考法。

出典 小学館デジタル大辞泉について 情報 | 凡例

最新 心理学事典 「クリティカルシンキング」の解説

クリティカル・シンキング
クリティカル・シンキング
critical thinking

クリティカル・シンキングは,批判的思考と訳されている。クリティカル・シンキングは規準に基づく論理的,合理的でバイアスのない思考である。「相手を批判する思考」という意味よりも,むしろ自分の推論過程に意識的に吟味する反省的思考reflective thinkingである。これは思考の二重過程モデルdual process modelにおいて,無意識的で直観的な思考におけるバイアスや誤謬を,意識的で熟慮的な思考によって修正する思考として位置づけることができる。クリティカル・シンキングは,高次リテラシーメディアリテラシー,科学リテラシーなど)の基盤であり,人の話を聞く,メディアの情報を受け取る,文章を読む,議論をする,自分の考えを述べる,問題を解決する,意思決定をするときに,より良く考えるためのものである。すなわち,クリティカル・シンキングは,目標志向的思考であり,目標や文脈に応じて実行されることが重要である。クリティカル・シンキングは,認知的側面(スキル・知識)と態度的側面に分けることができる。

【クリティカル・シンキングのスキル・知識】 クリティカル・シンキングの認知プロセスを支えている主なスキルと知識には,以下のものがある(Ennis,R.H.,1987)。

 第1は明確化である。情報(文章や発言など)を明確化して正確に理解することは,それに続く推論や意思決定を適切に行なうために不可欠のプロセスである。主な明確化には次のものがある。問題,主題,仮説に焦点を当てて,議論を明確に把握する。議論の構造(賛否の主張,結論,根拠,理由など)を分析する。そして,これらの明確化のために,的確な問い,たとえばなぜか,何が重要か,事例はあるかなどの問いを発することである。さらなる明確化は,その後のプロセスにおいても行なうことが必要である。たとえば,用語(キーワードや間違いやすい同義語や多義語など)を定義する。書き手や話し手の主張を支えている隠れた前提を同定することなどがある。

 第2は推論inferenceの基盤の検討である。推論を支える主な三つの情報源としては,他者の主張,観察結果,以前に自分が推論によって導いた結論がある。そこで,以下の2点について判断することが必要になる。⑴情報源の信頼性を判断する。たとえば,専門家であるか。異なる情報源の間での一致はあるか。確立した手続きを取っているか。利害関係者であるかなどである。⑵自他の観察や経験やその報告や記録,それらから導かれた結論を判断する。たとえば推測が含まれていないか,1次情報であるか,裏付けはあるかなどである。

 第3は推論である。推論には,演繹の判断,帰納の判断,価値判断(背景事実,結果,バランス,重みなどの判断)がある。こうした判断には,論理的な規準だけでなく,領域固有の背景知識に基づいて行なうことが必要である。

 第4は行動の決定や問題解決problem solvingである。ここでは,上記のプロセスを踏まえて,複数の選択肢を形成し,一時的な決定を行なう。そして状況(目標と文脈)との適合性を考慮して,良い結果が得られるような効果的な選択肢を最終的に選び,行動(発言や作文など)を構成する。

 これらのプロセスでは,メタ認知metacognitionによって,適切な実行がされているかをモニターして,修正を行なう。最終的な行動決定段階では,目標や状況に照らして適切でないと判断をした場合は,行動を抑制し修正することもある。クリティカル・シンキングは,議論や発表など他者との相互作用の中で行なわれるため,社会や文化の影響も受ける。

【クリティカル・シンキング態度】 クリティカル・シンキングは,認知的スキルだけでは十分に発揮されず,クリティカル・シンキング態度が必要である。その態度には,⑴論理的思考過程の自覚,すなわち論理的な思考のステップに注意を向けようとすること,⑵探究心,すなわちさまざまな情報や知識を求め,多様な考え方に関心をもつこと,⑶客観性や証拠の重視,すなわち主観にとらわれず偏りのない判断,信頼できる事実に基づく判断をしようとすること(平山るみ・楠見孝,2004),そして⑷熟慮,すなわち衝動的決定をせずに,時間をかけて慎重に考えることなどがある。そして,これらを測定するための質問紙が複数開発されている。

【クリティカル・シンキングの教育系譜】 クリティカル・シンキングの教育は,古代ギリシア哲学ソクラテスによる問答法(産婆術)や無知の知の考え方にさかのぼることができる。さらに,17世紀にデカルトは,方法的懐疑という思考の方法論を提起した。20世紀に入ってプラグマティズムの哲学者デューイDewey,J.(1910)は,クリティカル・シンキングという用語を用いて「その本質は判断の保留であり,解決への試みを進める前に,問題の性質を同定するための探求」と定義し,明確化と根拠を求め熟慮する反省的思考と,帰納と演繹を相互に照らして推論することの重要性を指摘している。さらに,1950年代後半からは,非形式論理学が盛んになり,伝統的な形式論理学における演繹,帰納の規準では評価できない日常生活における議論を扱うようになってきた。その一つである誤謬アプローチは,議論における形式的誤謬(後件否定など)や非形式的誤謬(過剰一般化など)を分類して,誤謬を犯さないように訓練するものである。心理学においても,こうした形式的・非形式的誤謬,さらに信念ステレオタイプヒューリスティックによるバイアスに関するデータが蓄積している。そして,こうしたバイアスを事例に取り挙上げたクリティカル・シンキング教育が行なわれてきた(Zechmeister,E.B.,& Johnson,J.E.,1992)。

 欧米においては,1940年代ごろからクリティカル・シンキングの教育実践と評価が行なわれている。アメリカでは,1970年代後半から大学大衆化による入学者の学力低下と教育改革の流れの中で,クリティカル・シンキング教育は,哲学,論理学などの入門科目,そして作文などの学習スキル育成科目の中で導入されるようになった。さらに,専門教育においては,心理学,看護学,教育学,法学,メディア研究,異文化研究など,実践の分野では消費者教育やビジネスなどでも取りあげられるようになってきた。

 クリティカル・シンキングを教える目的は,良き思考者や市民を育てることである。クリティカル・シンキングのスキルは,日常生活・職業・学問において適用できるジェネリック(汎用的)で,転移可能なスキルである。とくに,近年,高等教育では,専攻分野にかかわらず,学部教育で学生が習得すべき能力である学士力の構成要素として,位置づけられている。また,初等中等教育や市民教育においても,変化する社会の中で,主体的に判断し,行動するための思考力の中核として重視されるようになっている。

 クリティカル・シンキングの教育における重要な要素として,ハルパーンHalpern,D.F.(1998)は以下の四つを挙げている。⑴クリティカル・シンキング態度の育成,⑵思考スキルの教示と訓練,⑶思考スキルの領域・文脈を越えた転移を促進するための問題構造に着目する訓練,⑷自分の思考プロセスをモニターするためのメタ認知能力の育成である。

【クリティカル・シンキング能力の測定】 学習者のクリティカル・シンキング能力の評価,そして,教育実践の学習成果を評価するためにテストが開発されている。テスト形式は多肢選択式と記述式に分かれる。他には,討論などの場面での行動評価がある。

 多肢選択式の内容は,演繹・帰納推論,論証評価,論理の虚偽,類推,仮説同定,読解,情報ソースの信頼性評価などに関する思考スキルである。ワトソン-グレイザー・クリティカル・シンキング・アプレイザル(Watson,G.,& Glaser,E.M.,1964)やコーネル・クリティカル・シンキングテスト(Ennis & Millman,J.,1985)はこれらのスキルを測定する標準化テストである。

 記述式では,ある材料(テキスト,図表など)に基づいて,議論の構築あるいは批評・評価,現実的な問題解決などに関して記述をさせる。そして,議論の構成,証拠の信頼性検証と正確な解釈,他の可能性の吟味,一般化などの多角的な観点から評価する。これらはクリティカル・シンキングを,現実場面に近い総合的能力としてとらえようとしている。実例としては,エニス-ウィア・クリティカル・シンキングエッセイテスト(Ennis & Weir,E.,1985),イギリス英国大学入学資格上級試験(GCE-Aレベル)科目「クリティカル・シンキング」,アメリカの大学評価のために使われているCLA(collegiate learning assessment)がある。 →意思決定 →メタ認知 →問題解決 →リテラシー
〔楠見 孝〕

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