日本大百科全書(ニッポニカ) 「ジュネット」の意味・わかりやすい解説
ジュネット
じゅねっと
Gérard Genette
(1930― )
フランスの文学理論家。パリ生まれ。エコール・ノルマル・シュペリュールで1954年にアグレガシヨン(哲学教授資格)を取得した後、ソルボンヌ大学助手などを経て、67年以降停年まで社会科学高等研究院(前身は実践高等研究院第6セクション。75年現在の研究院に改組)で教授を務めた。20世紀後半の文学研究分野において多大な影響力をもった。
フランスでの「新批評(ヌーベル・クリティック)」台頭の機運のなかで1950年代末から文学批評活動を始め、66年に最初の評論集『フィギュール』Figuresを刊行。ボルヘス、バレリー、プルーストの影響を強く受けつつ、メタ批評的な側面をもつ新たな文学研究の方向を多様に模索。構造主義の隆盛にも呼応して形式への関心をより強く打ち出した第2評論集『フィギュールⅡ』Figures Ⅱ(1969)では、文学言語の意味論的な型を研究してきた学問として修辞学を再評価。こうした活動を通じて、「文学の一般理論」がはっきりと目指されるようになる。
アリストテレス以来の伝統を受け継いで、文学の一般的特性についての研究を「詩学」と呼び、作家や作品の個別的特性を研究する「批評」と区別して、自らの探究方向として定めた。70年、パリのスイユ社から「文学の理論と分析の雑誌」をうたう『ポエティック』Poétique誌を創刊すると同時に、同社の「ポエティック叢書」の監修責任者となり、フランスにおける文学の理論的研究の中核を担う。
72年、ジュネットの名を一躍有名にした長大な研究論文「物語のディスクール」Discours du récitを含む評論集『フィギュールⅢ』Figures Ⅲを刊行。プルーストを主な題材としながら種々の小説技法の整理を行ったこの研究は、その後の物語テクスト研究の必須参照文献となる。以後、一著作ごとに、文学という領域そのものの成立を可能にしている諸概念を探究する新たな研究分野を開拓。『ミモロジック』Mimologiques(1976)では、日常言語とは異なるものとしての「詩的言語(文学的言語)」という考えが形成されてきた経緯に着目。この問題意識から、言語の有縁性(言語記号の表現面と内容面との間にはなんらかのつながり、とくに表現が内容を写しとるという模倣的な関係があるとする考え)を信じるさまざまな論者たちの系譜を、古代ギリシア(プラトンの『クラテュロス』Cratylus)から現代(マラルメ、ヤーコブソン、フランシス・ポンジュ、ミシェル・レーリスなど)までたどる、壮大かつ独創的な研究を仕上げた。
主著『パランプセスト』Palimpsestes(1982)は、すでに存在する作品(第一次の文学)を下敷きにして産出された、古今のさまざまな文学作品(第二次の文学)を精力的に収集し分類した大著。文学作品が無から創出されるのではなく、いかに作品どうしの相互連関のなかから産出されてくるかを豊富な事例によって検証。テクストは本質的に他のテクストに開かれているとする間テクスト性(インターテクスチュアリティ)の考え方を、文学創作の根本原理として立証することに成功した。
ほかに主要著作として、文学のジャンル分割の際に援用されてきた基準を問い直した『アルシテクスト序説』Introduction à l'architexte(1979)、書物としての文学作品を取りかこむ種々のパラテクスト(版型、著者名、タイトル、献辞、目次、図版、カバーの内容紹介、出版予告など)の機能と様態を研究した『スイユ』Seuils(1987)、芸術作品の機能と存在様態、および審美的判断の成立要件を広範な事例とともに考察した『芸術の作品』L'œuvre de l'art(第1部1994、第2部1997)などがある。
ジュネットの文学理論活動に特徴的であるのは、文学作品を個別的実在とみなす立場から距離を置く姿勢であり、長いキャリアを通じてジュネットは、文学という領域に特有の思考法や文学という制度を支える暗黙の諸概念を析出する営みを一貫して行ってきた。
[青柳悦子]
『和泉涼一訳『アルシテクスト序説』(1986・水声社)』▽『花輪光監訳『フィギュールⅢ』(1987・水声社)』▽『同監訳『フィギュールⅡ』(1989・水声社)』▽『花輪光・和泉涼一訳『物語のディスクール――方法論の試み』』▽『花輪光監訳『フィギュールⅠ』』▽『同監訳『ミモロジック――言語的模倣論またはクラテュロスのもとへの旅』(以上1991・水声社)』▽『和泉涼一訳『パランプセスト――第二次の文学』(1995・水声社)』▽『和泉涼一・青柳悦子訳『物語の詩学――続・物語のディスクール』(1999・水声社)』▽『和泉涼一訳『スイユ――テクストから書物へ』(2001・水声社)』▽『L'œuvre de l'art; 1' immanence et transcendance(1994, Seuil, Paris)』▽『L'œuvre de l'art 2; la relation esthétique(1997, Seuil, Paris)』▽『フランソワ・ドッス著、佐山一・清水正訳『構造主義の歴史』上下(1999・国文社)』▽『青柳悦子著「提喩的めまい――ジェラール・ジュネットにおける文学現象の探究」(日本記号学会編『記号学研究19 ナショナリズム/グローバリゼーション』所収・1999・東海大学出版会)』