日本大百科全書(ニッポニカ) 「スズムシ」の意味・わかりやすい解説
スズムシ
すずむし / 鈴虫
[学] Homoeogryllus japonicus
昆虫綱直翅(ちょくし)目スズムシ科に属する昆虫。鳴く虫として日本では家庭で広く愛玩(あいがん)される昆虫の代表種。コオロギ類の1種で、草むらにすむ黒っぽい体長17ミリメートル内外の虫。雄はリーンリーンと鈴を振るようなよい声で鳴く。本州(東北地方南部)から台湾まで、また中国東北部の南部から朝鮮半島に分布する。
[山崎柄根]
形態
黒っぽい体色は、地表性の種であることを明らかに示しているが、触角の基部や各肢の腿節(たいせつ)の付け根の半分と脛節(けいせつ)、尾角(びかく)などは白色である。触角は長く体長の2倍以上あり、頭部は小さい。胸部も小さく、腹部もほぼ頭と同幅で、体は全体に細めである。雄個体が幅広くみえるのは、発音器がよく発達し、幅広く楕円(だえん)形になった前翅をもつためである。雌は前翅を体に沿って置くため、見かけ上も細めである。静止時、後翅が燕尾(えんび)状に前翅下から突出しているが、羽化後しばらくすると後翅は脱落してしまう。腹端には1対のやや長めの尾角がある。雌では腹端に槍(やり)状に突出した産卵管があり、雌雄のよい区別点となる。肢(あし)はいずれも細く、後肢はとくに腿節と脛節が伸長し長くなる。前肢脛節の根元近くに白色楕円の鼓膜がある。
[山崎柄根]
生態
野外では普通8月下旬から秋にかけて成虫が現れる。林の暗い草むらの間に好んですみ、薄暗くなると雄はよい鳴き声で鳴きだす。単独で鳴くときの音調は、飼育しているものが鳴くのとやや音調が異なる。発音は、左右の前翅を腹部に対して垂直に立て、かつ開いたように持ち上げ、右翅下面のこすり器と左翅上面の発音脈上にあるやすり部をすり合わせて音を出す。このときの振動は発音鏡によって増幅され、さらに腹部との間にできた空間によって共鳴しよい音になって聞こえる。交尾には音のほかにフェロモンが強く関係している。食性は雑食性で、草の根や身近の動物質のものを食べる。
[山崎柄根]
飼育法
鳴き声だけ楽しむには、野外で聞くか、夜店やペットショップなどで入手したものを、餌(えさ)とともに虫籠(むしかご)に入れておけばよい。餌はキュウリやカボチャ、またかつお節などでよい。薄暗い所へ置けば日中でもよく鳴く。産卵させて翌年孵化(ふか)させ、成虫まで育てる一連の飼育には、深めの水槽か、やや大きめの壺(つぼ)に土または砂を厚さ5センチメートルほど入れたものを用いる。隠れ家として植木鉢の破片や木片などを入れる。この中に、普通、雌2、雄3の割合で入れるが、あまり多く入れると共食いしてしまうので注意を要する。餌は地面に触れるとカビが生えるもとになるので、直接地面に触れないようくふうして与える。冬季は湿気に注意し、また暖気に急に当たらないように管理し、4月に入ってから暖かい所に出してやると、5月には孵化するので、あとは成虫の飼育の要領で育てればよい。
[山崎柄根]
古典にみられるスズムシ
平安時代に著された『古今集』には「松虫」を詠んだ歌がいくつかあるが、この時代はスズムシの鳴き声を松風の音になぞらえ、この虫を松虫とよんだ。一方、そのころ現在のマツムシを逆に鈴虫とよんでいたが、のち、江戸初期ごろから現在の呼び名になったといわれている。
[山崎柄根]
文学
古くはチンチロリンと鳴く今日のマツムシを鈴虫、リンリンと鳴くスズムシを松虫とよんでいたといわれる(『古今要覧稿(ここんようらんこう)』『傍廂(かたびさし)』)。鈴虫も松虫も上代の文献にはなく、平安時代に入ってからのものである。『夫木抄(ふぼくしょう)』巻14所引の、「ある時には山の端(は)に月まつ虫うかがひて、琴の声にあやまたせ、ある時には野辺の鈴虫を聞きて、谷の水にあらがはれ」(壬生忠岑(みぶのただみね)「西河行幸和歌序」)が両者の鳴き声を示すものとされるが、かならずしも明らかではない。『枕草子(まくらのそうし)』「虫は」の段に両者の名がみえ、『源氏物語』「鈴虫」には両者の鳴き声の優劣を論じた場面があり、どちらかといえば、松虫のほうが好まれたらしい。和歌では、松虫は「秋の野に人まつ虫の声すなり我かと行きていざとぶらはむ」(『古今集』秋上・よみ人しらず)のように、「待つ」に掛け、鈴虫は「年経ぬる秋にも飽かず鈴虫のふりゆくままに声のまされば」(『後拾遺集』秋上・藤原公任(きんとう))のように、「鈴」の縁語「振る」に他の語を掛けて詠まれることが多い。謡曲『松虫』には、秋の野の虫がさまざまにみられる。いずれも秋の季語。
[小町谷照彦]