日本大百科全書(ニッポニカ) 「スフィンクス」の意味・わかりやすい解説
スフィンクス
すふぃんくす
sphinx
頭は人間、胴体はライオン(場合によって有翼)の神話的存在。エジプトに起源を発するが、のちに、シリア、アナトリア、地中海世界、ギリシア本土などに伝播(でんぱ)した。エジプトにおいてスフィンクスは、古くは第四王朝期(前2650ころ)に、ギゼーにある王カフラのピラミッドに並んで刻まれた大スフィンクスとして登場する。これは、王自身の像だといわれる。そもそもスフィンクスは、王をライオンとするエジプトの古い観念に発するといわれ、王妃も女性スフィンクスとして表された。紀元前二千年紀に入ると、スフィンクスはしばしば神――たとえば太陽神――の化身としても信じられた。
前二千年紀中葉から前一千年紀前半にかけて、アナトリア、シリア、パレスチナ、キプロスなどにおいてもスフィンクスが重んじられたことは、考古学的発掘により明らかになってきている。スフィンクスの石像が門の両側に置かれたり(アラジャ・ホユック、ハットウシャ。前14世紀ごろ)、建造物の一部として用いられたり(カルケミシュ、サムアル。前9~前8世紀)、象牙(ぞうげ)の浮彫りや青銅像が宗教色の強い装飾として使われた(キプロス、サマリア、ルサヒニリなど。前9~前7世紀)。これらはすべて有翼(女性?)像で、守護神(霊)的な役割を果たしていた。ギリシアでスフィンクスは、初めは死を見守る神話的存在として厄祓(やくばら)いの目的で盾や墓などに刻まれていたが、のちテーベ伝説に取り込まれ有名になった。
[月本昭男]
神話
ギリシア神話において、スフィンクスはもっとも普通には、女の顔と獅子(しし)の身体に翼(つばさ)をもつ怪物として描かれる。古くは子供をさらい、戦士の倒れるのを待ち受ける死霊のごときものと考えられていた。が、反面、魔除(よ)けの護符の図像ともされた。次の段階では、スフィンクスは土地の害獣とされた。系譜上ではエキドナ(蛇女)とティフォンの子、あるいはキマイラとオルトスの子とされ、兄弟であるネメアの獅子がネメアの地を荒らしたごとく、スフィンクスはヘラ女神によりテバイ(テーベ)に送り込まれてその地の人々を苦しめた。これは、テバイ王家が犯した罪に対する罰であった。
さらにスフィンクスは、土地の害獣から、謎(なぞ)をかける怪物へと発展する。「一つの声をもち、(朝に)四つ足、(昼に)二つ足、(夜に)三つ足となるものは何か」「一方が他方を生み、生んだ女が生まれた女によって生み出されるような姉妹とは何か」「生まれ出るときもっとも大きく、盛りのとき小さく、老いてふたたび最大になるものは何か」など。スフィンクスは、人々にこれらの謎をかけては解けない者を食い殺していた。やがてオイディプスが現れて、第一の謎の答えは「人間。幼時には四つ足で這(は)い、長じては両足で歩き、老いては杖(つえ)を引くから」と解くと、スフィンクスは恥じて身を投げ、死んだ。残りの二つの謎の答えは、昼と夜の姉妹、および影である。
[中務哲郎]