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細井和喜蔵 ほそい わきぞう

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

細井和喜蔵 ほそい-わきぞう

1897-1925 大正時代の小説家。
明治30年5月9日生まれ。尋常小学校を5年で中退。大正9年東京モスリン紡績亀戸工場にはいり,労働運動に参加。大正14年同工場に勤務する妻と自身の体験にもとづく記録文学女工哀史」を出版,その直後の8月18日死去した。29歳。のち自伝的小説「工場」「奴隷」が刊行された。京都出身。

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朝日日本歴史人物事典の解説

細井和喜蔵

没年:大正14.8.18(1925)
生年:明治30.5.9(1897)
大正時代小説家京都府与謝郡の生まれ。父は婿養子で,和喜蔵の出生前に離縁。母は6歳のときに自殺。祖母に育てられたが,祖母の死後小学校を5年で中退。油さし工などをして働き,大正5(1916)年大阪へ出る。鐘紡などの紡績工場で働きながら紡績学校に通い,同9年に上京。東京モスリン紡績亀戸工場へ入り労働争議に参加。11年同じ工場の女工としをと結婚。一時妻と共に早大文学部聴講生となる。12年陀田勘助らと詩誌『悍馬』を創刊。当時の繊維産業女子労働者の悲惨な実態を詳細に描いた記録文学『女工哀史』を執筆中,関東大震災にあい,兵庫県能勢山中に逃れ,13年上京し,その一部を『改造』に発表するが,翌年同作品の出版後まもなく,28歳で貧困のうちに没した。著作集に『細井和喜蔵全集』全4巻(1955~56)がある。

(佐伯順子)

出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報

世界大百科事典 第2版の解説

ほそいわきぞう【細井和喜蔵】

1897‐1925(明治30‐大正14)
紡績労働者出身の小説家。京都府生れ。婿養子の父は彼の出生前に離縁され,母と祖母を少年時代に相次いで失ったため,小学校を5年で中退し,織物工場などで働く。1916年大阪へ出て鐘淵紡績などに勤め,このころ友愛会に加盟。20年上京し東京モスリン亀戸工場に入り,労働運動に参加するなかで同じ職場の女工堀としをと結婚。退職後,妻に生活を支えられながら,23年から《女工哀史》の執筆にとりくみ,24年脱稿。翌年改造社から出版されたが,刊行の翌月死去。

出典 株式会社平凡社世界大百科事典 第2版について 情報

大辞林 第三版の解説

ほそいわきぞう【細井和喜蔵】

1897~1925) 作家。京都生まれ。小学校中退で紡績工場に働き、労働運動に参加。貧困生活の中で記録文学「女工哀史」を残す。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

細井和喜蔵
ほそいわきぞう
(1897―1925)

大正時代のプロレタリア作家。明治30年5月9日京都府与謝(よさ)郡加悦(かや)町(現与謝野(よさの)町)に生まれる。早く両親を失い、尋常小学校5年にして織屋の小僧となり、以後関西各地の織物・紡績工場などで働き、やがて労働運動に参加。1920年(大正9)上京、東京モスリン亀戸(かめいど)工場に入り、翌年の争議で活躍したが、組合幹部との対立などから退職。同工場で知り合い結婚した堀(現姓高井)としをに生計を支えられながら、プロレタリア文学の創作に着手、『種蒔(たねま)く人』などに発表した。23年より自身と妻の体験をもとに「女工」の人間的復権を目ざして『女工哀史』を執筆し始め、25年(大正14)7月改造社より出版したが、直後の8月18日病没した。[阿部恒久]
『細井和喜蔵全集刊行委員会・女工哀史記念会編・刊『細井和喜蔵全集』全4巻(1955~56・第2巻以後三一書房刊)』

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

世界大百科事典内の細井和喜蔵の言及

【女工哀史】より

…京都府生れの作家細井和喜蔵(1897‐1925)の著書。1925年刊。…

※「細井和喜蔵」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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