特定の指数の変動に応じて賃金を自動的に上下させる制度のことで,スライディング・スケール制ともいう。1875年,イギリスの炭鉱で賃金を石炭価格に結びつける方法を導入したのが最初で,やがて産業の利潤指数にリンクさせる方法も現れたが,第1次大戦以後,生計費指数や消費者物価指数に結びつける方法が支配的となった。これを物価スライド制といい,労働協約にこの方法を定めたものをエスカレーター条項と呼ぶ。物価スライド制は,物価が上昇すれば改定交渉なしに自動的に賃上げを行うものであるから,労働者にとって実質賃金維持のための防衛手段となるが,資本家にとっても団体交渉やストライキを回避するうえに役立つ。こうして第2次大戦以降,欧米の先進主要国のほか発展途上国でも広く採用され,今日スライド制といえばおおむねこの方法をさすようになった。また,その過程で賃金以外に年金はじめ社会保障,預貯金,利子等にもインデクセーション(指数化)と呼んで,物価諸指数にスライドする制度を導入する国が増えてきたのである。
日本では公的年金の物価スライド制(年金スライド制)は1973年から実施されているが,物価スライド制賃金は昭和20年代に若干の事例があるだけで,以後はほとんど存在しない。これは,2~3年ごとに賃金交渉を行うアメリカなどとは違って,毎年の春闘による賃金改定で物価上昇を1年ごとに調整することが可能であり,また高度成長過程で実質賃金が持続的に上昇したためであるが,73年秋の第1次石油危機以降は低成長下の物価上昇によって実質賃金上昇率が急落してきたから,今や日本でも春闘による賃上げに加えて物価スライド制を導入することが,実質賃金を維持し向上させるうえで重要になってきているといってよい。もっとも,83年のブラジル政府による物価スライド制賃金はじめ全インデクセーションの削減決定のほか,最近は欧米でも政府・資本家がインフレ抑制,産業の国際競争力強化,財政赤字解消の名のもとに賃金と社会保障の物価スライド制排除の動きを強めている。
執筆者:上井 喜彦
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