タツノオトシゴ
たつのおとしご / 海馬
竜の落子
seahorse
硬骨魚綱ヨウジウオ目ヨウジウオ科タツノオトシゴ亜科Hippocampinaeの海水魚の総称。全長18センチメートル以下の小形魚で、ウミウマともよばれ、英名はシーホース(海馬の意味)。吻(ふん)は管状で、口はその先端で斜め上方に小さく開く。体は側扁(そくへん)して輪状をした硬い骨質板で覆われる。頭と胴体はほぼ直角。尾部は長く伸びて尾びれはなく、その先端は内側にくるりと巻いて、これで藻に巻き付いたりする。鰓孔(さいこう)は小さく、腹びれはない。雄は育児嚢(のう)を腹部にもつ。育児嚢は雄が若いうちからでき始め、体の左右の皮褶(ひしゅう)が腹部正中線で完全にあわさったもので、その先端に小孔がある。岸近くのガラモ場やアマモ場にすむ。世界で1属約30種が知られ、日本では、タカクラタツ、オオウミウマ、イバラタツ、サンゴタツ、エンシュウタツ、タツノオトシゴの1属6種が知られる。
産卵行動は朝が多く、雄は育児嚢の孔(あな)を開いてゆっくりと泳いで雌を誘う。雌は胸を反らせて、雄の育児嚢に下腹を押し付け小刻みに体を動かす。雌雄はこのまま水面まで泳ぎ上がり、その後底に沈む。この動作の繰り返しのうちに雌は細い輸卵管を雄の育児嚢に差し込んで卵を産み入れる。育児嚢の内部にはひだがあり、卵を入れられたとき、このひだの表皮はスポンジ状に変わり、毛細血管の発達した網目状の組織となる。この網目に卵が1粒ずつ収まる。孵化(ふか)までに約2週間かかり、卵黄を吸収し稚魚になるまで育児嚢に入っている。出産になると雄は尾を海藻などに絡みつけて力むか、岩などに腹を押し付けて育児嚢を圧迫させ、稚魚とともに卵殻などを絞り出す。この仲間は、乾燥しても体形が崩れないので飾り物にされている。
タツノオトシゴHippocampus coronatusは、日本各地から朝鮮半島南部に分布する。体輪の棘(とげ)、枝状皮弁の形や数は著しく変異が多い。体色は普通褐色をしたものが多いが、個体も変異に富む。
[中坊徹次]
姿が馬や竜の頭を連想させるため、ウマ(西日本)、ウマノカオ(富山)、ウマイオ・ウマノコ(高知)、リュウグウノコマ(和歌山)、リュウノコ(神奈川)などの方言がある。『山槐記(さんかいき)』には、平清盛(きよもり)の献じた薬箱に海馬6尾が入っていたという記録があるが、これは安産の御守りにされたものであろう。古くから産婦が手に持ったり、袋に収めて腰につけると、産が軽くなると信じられていた。
[矢野憲一]
出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例
タツノオトシゴ (竜の落し子)
ヨウジウオ目ヨウジウオ科タツノオトシゴ属の海産魚の総称,またはそのうちの1種を指す。属名のHippocampusは首が馬,体がイルカの怪獣の意味で,英語でもsea horseといい,日本でもウマウオ(高知),ウミウマ(和歌山)などと呼ばれる。この仲間は頭部が直角に曲がり,馬を思わせる形態をもつ。多くは体長10cm以下の小型魚で,体の表面が骨質板で覆われて硬く,いくつものとげが生えている。背びれと胸びれはあるが,腹びれと尾びれが欠け,しりびれも小さい。静かな浅い海にすみ,尾を海藻などに巻きつけている。泳ぐときは立泳ぎのかっこうで,背びれを小刻みに動かしながら流れるように進む。胸びれもしきりに動かす。細長い吻(ふん)の先には小さい口が開き,プランクトンや他種の仔魚(しぎよ)などを食べる。また,ヨウジウオに似て,特異な繁殖習性を示す。すなわち,雄の腹部には育児囊があり,求愛行動の後に,雌がその中へ多数の卵を産み落とす。この産卵は,間をおいて数回繰り返され,卵が育児囊上端の開口部を通過するとき,授精が行われる。卵数は種によって異なり,数百に達する。育児囊の中で孵化(ふか)した仔魚は,親と同じ形になってから産み出される。この産出が楽々と行われるためか,雌雄を干物にし安産のお守とする風習がある。
タツノオトシゴH.coronatusはもっともふつうで函館以南に分布し,内湾の藻場に多く見られる。全長8cm。体色は変化に富む。このほか,体表に枝状の突起が多いハナタツH.mohnikei,熱帯性で全長30cmに及ぶオオウミウマH.kudaなど8種が日本沿岸から知られている。
執筆者:羽生 功
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
タツノオトシゴ
Hippocampus coronatus
トゲウオ目ヨウジウオ科の海水魚。全長 8cm内外。形態,色彩とも個体変異に富むが,胴の部分は側扁し,尾は長く物に巻きつけるようになっている。頭部は胴部にほぼ直角に曲り,ウマの頭部を思わせる形をしている。後頭部にある頂冠は高い。雄の腹部に育児嚢があり,雌はこの中に産卵する。卵は育児嚢中で孵化し,親と同じような形にまで成長してから外へ出る。海藻の多い沿岸や内湾にすむ。日本各地の沿岸に分布する。
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「タツノオトシゴ」の意味・わかりやすい解説
タツノオトシゴ(竜の落し子)【タツノオトシゴ】
ヨウジウオ科の魚。地方名ウミウマ。全長10cmに達する。体色は変化に富むが褐色のものが多い。日本〜朝鮮半島南部に分布し,沿岸性。海藻に尾をからませて直立している。雄は腹側に育児嚢をもち,雌の産みつけた卵を40〜50日間保護する。形が奇抜なので干してみやげものなどに利用。あまり食用にはしない。近縁種にオオウミウマ(全長18cm,まれに30cmになる),ハナタツその他数種類ある。
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世界大百科事典(旧版)内のタツノオトシゴの言及
【育児囊】より
…たとえば,南米産のカエル(コモリガエル)では雌の背中の皮膚に穴ができ,卵はこの中で発生を遂げる。またヨウジウオ科のヨウジウオやタツノオトシゴでは雄の腹部に育児囊があり,雌が生み入れた卵を稚魚になるまで育てる。しかし,これらの育児囊は子への栄養供給にはまったく関係しないので,孵卵腔(こう)と呼んで,真の育児囊と区別されることもある。…
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出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」