オーストラリアを象徴するカンガルーやコアラは分類学的には有袋類と称されるグループに含められるが,有袋類とは育児囊をもつ動物という意味である。われわれヒトをも含めた真獣類(有胎盤類)では,受精卵はある程度発生を進めた胚盤胞の段階で母親の子宮に着床する。以後,母体から栄養と酸素の供給を受けながら成長・発育し,子はほぼ親に近い形をとって出産される。しかし,有袋類の胎盤は真獣類の漿尿膜(しようにようまく)胎盤とは異なり,機能の劣る卵黄囊胎盤なので,胎児は母親の子宮の中で十分な発育を遂げることができず,非常に未熟な状態で分娩(ぶんべん)される。たとえば,妊娠期間が約150日のヒツジとほぼ同大のアカカンガルーのそれは33日にすぎない(インドゾウでは17~24ヵ月)。したがって,新生児の体重もきわめて軽く,アカカンガルーでさえ1g以下(母親の体重の約0.003%)である。このような未熟児を収容して,保護と哺育をする囊状構造物が育児囊である。この中には乳頭があるので,母親の腟(ちつ)口から出てきた裸の新生児は頭と前肢を使い,毛の中を泳ぐようなかっこうで育児囊へ向かって進む。新生児にはまだ口裂ができていないので,その口はちょうど瓶の口のような丸い形をしている。この丸い穴の中へふくまれた乳頭はすぐにふくれあがり,子はもはや手で引っぱっても離れなくなる。乳頭は長さを増して新生児の食道へ達し,母親の腹筋の運動により自動的に乳を子の胃の中へ送り込む。子の排泄物は母親が育児囊を清掃する折になめとられる。育児囊にはカンガルーやオポッサムのように前方に口が開いたもの,コアラやバンディクートのように後方へ開いたもの,単なる皮膚のひだ様でしかないものなどさまざまある。また有袋類なのに育児囊のまったくないケノレステス(南米産)などもいる。育児囊の中の乳頭の数は動物の種類によって異なり,最少2個から多いものでは20個を越すものまである。分娩された新生児の数が母親の乳頭数よりも多い場合には,乳頭へありつけなかった子は死亡する。育児囊に依存する期間は長く,アカカンガルーでは235日である。単孔類のハリモグラの雌はからだの後端を折りまげて,胎児の入った卵を腹部の卵囊の中へ1個生み落とす。孵化(ふか)した子は7~9週間ここで哺育される。その他に両生類,魚類および節足動物の甲殻類などにも育児囊をもつ種がいる。たとえば,南米産のカエル(コモリガエル)では雌の背中の皮膚に穴ができ,卵はこの中で発生を遂げる。またヨウジウオ科のヨウジウオやタツノオトシゴでは雄の腹部に育児囊があり,雌が生み入れた卵を稚魚になるまで育てる。しかし,これらの育児囊は子への栄養供給にはまったく関係しないので,孵卵腔(こう)と呼んで,真の育児囊と区別されることもある。
執筆者:白石 哲
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胎児や幼生を育てるために体の一部に生じたふくろをいう。有袋類では、胎児は発生の早期に産出されるので、雌親の腹を這(は)って、腹部の皮膚によって生じた育児嚢に達し、その中で乳頭を口に含んだまま発育する。骨盤の前方に袋骨(上恥骨)があり、育児嚢を支えている。単孔類のハリモグラでは、生殖期に一時的に雌の腹部中央に育児嚢を生じ、乳嚢がその内部にある。卵はここで孵化(ふか)し、子はここで育てられる。孵卵嚢ともいう。魚類のタツノオトシゴやヨウジウオでは、雌は、雄の腹部に発達する育児嚢(卵嚢ともいう)の中へ産卵し、孵化した稚魚はふくろから出たり入ったりして成長する。甲殻類等脚目のフナムシやダンゴムシの雌は、生殖期に胸部基部に扁平(へんぺい)葉状の覆卵葉を生じ、これと腹部との間の育児嚢(育房、育嚢ともいう)に受精卵を産む。卵はここで孵化し、幼体となってから雌親を離れる。
[川島誠一郎]
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…走行中のバランス器官である太い尾は,休息時に後肢とともに体を支える役割もある。下腹部の育児囊の中には四つの乳頭がある。門歯は,上あごに3対,下あごに1対で植物をはみとるのに適し,前臼歯(ぜんきゆうし)と臼歯は,植物の葉をすりつぶすのに適した臼型をしており,上下各4~6対ある。…
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