タントラ(その他表記)tantra

デジタル大辞泉 「タントラ」の意味・読み・例文・類語

タントラ(〈梵〉tantra)

ヒンズー教で、シバ神の妃をシャクティ性力)として崇拝するシャークタ派の諸聖典通称
中世インドに成立した後期密教聖典の称。また、密教経典の総称。「タントラ仏教

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精選版 日本国語大辞典 「タントラ」の意味・読み・例文・類語

タントラ

  1. 〘 名詞 〙 ( [サンスクリット語] tantra )
  2. ヒンドゥー教で、シバ神の妃をシャクティ(性力)として崇拝するシャークタ派の諸聖典の通称。
  3. 中世インドに成立した後期密教の聖典の名称。また広く、密教経典の総称。

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改訂新版 世界大百科事典 「タントラ」の意味・わかりやすい解説

タントラ
tantra

インド中世の,女性原理,〈性力(せいりき)〉を教義の中心とする諸宗派の聖典の総称。ふつうは,ビシュヌ派ではパンチャラートラ派のサンヒター,シバ派では聖典シバ派のアーガマおよび性力派のタントラなどを指す。最古のものは7世紀ころの成立とされる。これらに盛り込まれた教えのことを,英語ではタントリズムTantrismというが,これは,ベーダ以来の正統的教義を底流に置きながらも,ベーダ的伝統が軽視,あるいは否定していた要素を前面に出し,全体として秘儀的となっている。それは,ウパニシャッドなどと同じく解脱を求めるのであるが,しかし,この世を厭う出家主義という方向をとるわけではない。タントリズムは,直接に現世を否定するのではなく,少なくともある段階まではかえって現世肯定の立場に立つ。また,正統バラモン主義で,祭式執行,解脱達成の資格は上位3階級(バラモン,クシャトリヤ,バイシャ)の男にだけあるとされるのに対し,タントリズムでは,階級,性別にかかわりなく,すべての人びとにその資格が認められる。また,肉食,性交,飲酒など,正統的修行者にとって最大の禁忌とされるものが,タントリズムでは秘儀の中に積極的に取り入れられている。さらに,タントリズムの修行者は,解脱だけでなく,ほぼ同じ修行過程によって得られる超能力(神通)の獲得をも目標とした。

 タントリズムにはさまざまな教義があるが,その中でも最も注目すべきは,シャクティと呼ばれる性力である。これは,宇宙のいっさいを発動せしめる根源的な女性原理であり,人間を輪廻に縛りつける無明でもあり,しかもまた,悟り,解脱のもとでもあるとされる。この性力は,しばしば最高神シバの神妃であるともみなされる。すると,この性力を完全に支配したとき,その人は最高神と一体化したことになり,あらゆる超能力をそなえたものとして全宇宙を支配することも,あるいはまた解脱することもできる道理になる。この最終的な状態を〈シッディ成就)〉,その状態に達した人を〈シッダ(成就者)〉といい,その手段を〈サーダナサーダナー,成就法)〉という。性力を支配するための成就法には種々あるが,その代表的なものは次の二つである。一つは,マントラ(真言)の力を借りながら,ある種のシンボリズムにおいて性力とみなされた女性と性交することである。もう一つは,独特の人体生理学を利用するものである。宇宙の生命力である気息は,人体においては脈管(ナーディー)の中を流れ,また,チャクラ(輪)と呼ばれる一種の器官の中に蓄積されている。脊椎の最下部,会陰のあたりにあるチャクラは,四弁の蓮華の形をしており,ムーラーダーラと呼ばれる。さらにその上に,脊椎に沿って五つのそれぞれ独自の形をしたチャクラが配列され,さらに,頭頂には,千弁の蓮華の形をしたサハスラーラというチャクラがある。ムーラーダーラの直下には,性力が,3周半のとぐろを巻く蛇の形をしたクンダリニーとしてひそんでいる。そして,サハスラーラは,その性力の夫であるシバ神の座所であるとされる。修行者は,さまざまなヨーガによって,ムーラーダーラ直下に眠っているクンダリニーを覚醒させ,脊椎の中を走るスシュムナーという脈管づたいにそれを上昇させ,次々とチャクラを通過し,最終的には,サハスラーラに住まいなすシバ神と合一させるのである。
密教
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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「タントラ」の意味・わかりやすい解説

タントラ
Tantra

シバ神妃の性力 śaktiを崇拝するヒンドゥー教のシャクティ派の聖典。 64種あるいは 192種あげられている。 800年前後に作られたというが,ある種のタントラはすでに7世紀には作られていた。その内容は,(1) 理論的教義,(2) ヨーガ,(3) 神殿の建立,神像の製作など,(4) 宗教的儀式,を説明,規定する4部より成るが,タントラにおいては最後の部が大部分をなしている。教理としては,シャクティの化身である女神を理論的に位置づけている。実修としては,ヨーガが古くから説かれた。仏教においてもおそらく7世紀頃から多くのタントラ経典がつくられた。

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山川 世界史小辞典 改訂新版 「タントラ」の解説

タントラ

密教(みっきょう)

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世界大百科事典(旧版)内のタントラの言及

【占星術】より

ヘルメス思想【大沼 忠弘】【村上 陽一郎】
【インド】
 インドの占星術は〈ジョーティシャjyotiṣa〉と呼ばれるより広い学問分野に含まれる。この分野はバラーハミヒラによると,(1)タントラtantra,(2)サンヒターsaṃhitā,(3)ホーラーhorāの三つの部門からなっている。これらのうち(1)は数理天文学に相当し,残り二つが広い意味での占星術である。…

【占星術】より

ヘルメス思想【大沼 忠弘】【村上 陽一郎】
【インド】
 インドの占星術は〈ジョーティシャjyotiṣa〉と呼ばれるより広い学問分野に含まれる。この分野はバラーハミヒラによると,(1)タントラtantra,(2)サンヒターsaṃhitā,(3)ホーラーhorāの三つの部門からなっている。これらのうち(1)は数理天文学に相当し,残り二つが広い意味での占星術である。…

【ハタ・ヨーガ】より

…ヒンドゥー教の一宗派ナート派が伝えてきたヨーガで,13世紀ころの北インドの聖者ゴーラクナート(ゴーラクシャナータ)が開祖であると伝えられる。シバ派のタントリズム(タントラ)の教義にのっとり,気息という一種の生命エネルギーを利用し,クンダリニーという蛇の形をとって脊椎の最下部に潜んでいる性力(シャクティ)を覚醒させ,エネルギーの溜り場であるいくつかのチャクラを経由させながら脊椎沿いに上昇させることを目ざす。このため,このヨーガは〈クンダリニー・ヨーガ〉と呼ばれることもある。…

【ビシュヌ派】より

…この派の神学はベーダーンタ派の哲学に基礎づけられることが多く,その神学別に,さらにマドバ派,ビシュヌスバーミン派,ニンバールカ派,バッラバ派,チャイタニヤ派などの支派が分岐した。(2)パンチャラートラ派 バーガバタ派がバラモン教的な色彩を濃くもつのに対して,この派はタントラ的(タントラ)なビシュヌ教を説き,ナーラーヤナNārāyaṇaとしてのビシュヌ,およびその神妃であるラクシュミーLakṣmī(吉祥天)を崇拝する。成立の過程はあまり明らかにされていないが,この派の聖典(108典あると伝えられる)は7世紀ころから作成されるようになったと考えられている。…

【ヒンドゥー教】より

…ヒンドゥー教の代表的な哲学体系は6種あり,各体系はそれぞれの基本的文献をもち,それに対してたくさんの注釈文献が残されている(六派哲学)。ヒンドゥー教の各宗派の基盤となる聖典も編纂され,ビシュヌ派的な性格をもつ〈サンヒター〉,シバ派的な性格をもつ〈アーガマ〉,タントリズム的性格をもつ〈タントラ〉と称する聖典が成立した。これらのものはすべて雅語であるサンスクリット(梵語)で書かれた文献であるが,それ以外の言葉で書かれた聖典も数多く存在している。…

【曼荼羅】より


[チベットの曼荼羅]
 前述のような経過で純密が成立して以後,8世紀中ごろから密教滅亡(1203)までを後期密教という。この間後期密教経典(タントラ)による曼荼羅が作られたが,これは当時,直接的には中国,日本に伝承されず,チベット,モンゴルに伝播し,元代にいたって朝鮮,中国に波及した。チベットではこの経典を無上瑜伽タントラと称し,これによって父タントラの秘密集会タントラが最も古く作られた。…

※「タントラ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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