シバ派(読み)シバは

改訂新版 世界大百科事典 「シバ派」の意味・わかりやすい解説

シバ派 (シバは)

ヒンドゥー教の有力な一派で,シバ神を最高神として崇拝する。サンスクリット語でシャイバŚaivaという。その起源は相当に古いと思われるが,文献に見えるかぎりでは,2世紀,クシャーナ朝の時代には,かなりの勢力をもっていたようである。仏典には,しばしば,自在天(イーシュバラĪśvara)ないし大自在天(マヘーシュバラMaheśvara)を崇拝し,体中に灰を塗りたくる外道(げどう)とか,人間の髑髏(どくろ)を連ねて首飾にする外道とかの記述があるが,これは,いずれもシバ派の修行者のことである。6,7世紀から,シバ派には,独自の聖典,神学をもったさまざまな派が生じた。以下,そのなかの重要な7派について概観する。

(1)聖典シバ派(シャイバ・シッダーンタŚaivasiddhānta) とくに南インドのタミル地方で栄えた。この派では,《カーミカ・アーガマKāmikāgama》をはじめとして,28の聖典が数えられている。これらの聖典は,シバ神の五つの口によって説かれたといわれている。この派の神学によれば,世界は,主(パティpati),家畜(パシュpaśu),索縄(パーシャpāśa)の三原理に分類される。主というのは,最高の主宰神(イーシュバラ)たるシバ神のことであり,家畜とは,生きとし生けるものの個我のことであり,索縄とは,非精神的な物質のことである。個我は,もともといっさいの汚れを離れた清浄なものであるが,無知と業と迷妄(マーヤーmāyā)のために,この迷いの輪廻の世界に縛りつけられている。シバ神は,特殊な能力(シャクティśakti)をもっており,個我の束縛と解脱とを二つながらに支配している。われわれの個我は,シバ神の恩寵によって,神通力を得,解脱を得て,シバ神そのものと同等になる。ただし,その場合,シバ神と合一合体するのではなく,結合するのであるという。この派では,たくさんの聖者が数えられているが,そのなかでも有名なのは,アッパル(7世紀)とニャーナサンバンダル(7世紀)とスンダラル(8あるいは9世紀)であり,しばしば〈三聖〉と称せられる。また,〈そのことばはルビーのごとくである〉とたたえられるマーニッカバーサガル(10世紀)も重要な人物である。彼らが,シバ神への熱烈な信愛の情感をこめ,タミル語で創作した賛歌は,《デーバーラム》や《ティルバーチャカム》などの賛歌集としてまとめられ,今日にいたるも愛唱されている。なお,この派の神学上の学問的な業績としては,シュリーカンタŚrīkaṇṭha(14世紀?)が《ブラフマ・スートラ》に対して著した注釈書《シャイバ・バーシャ》が有名である。

(2)カシミール・シバ派 とくにカシミール地方を中心に勢力をもったこの派は,トリカとも称せられる。もとは,上述の聖典シバ派と同じ聖典をいただいていたようであるが,9世紀にバスグプタが《シバ・スートラ》を著してから,不二一元論の傾向を強めていき,その弟子バッタ・カッラタとソーマーナンダによって,神学的な基礎が形づくられた。この派によれば,輪廻する生きとし生けるものの個我は,実は,絶対者である最高のシバ神(パラマ・シバParama-śiva)とまったく同一である。われわれがこの迷いの輪廻の世界に苦吟しているというのは,みずからが本来はシバ神と同一であることを,無知のゆえに自覚できないでいることによる。したがって,解脱というのは,その無知を克服し,その同一性を〈再認識(プラティアビジュニャーpratyabhijñā)〉することにほかならないことになる。そこで一般に,この派は〈再認識派〉と称せられる。なお,この派でもっとも有名な人物は,アビナバグプタ(10世紀)である。彼は,いくつかの聖典に重要な注釈をほどこしたのみならず,独立の神学的著作を著し,さらに,美学(詩論,戯曲論,音楽論)に関するきわめて体系的な大著を残した。

(3)パーシュパタ(獣主)Pāśupata派 バローダ地方生れのラクリーシャ(年代不明)を開祖とする。彼は,シバ神の28番目の化身であり,この派の根本聖典《パーシュパタ・スートラ》を著したと伝えられている。この聖典には,カウンディニヤが詳しい注釈をほどこしている。この派では,原因,結果,ヨーガ,教令(儀軌),苦の終息の五つの原理が立てられる。原因とは,主たるシバ神のことであり,結果とは,家畜たる個我のことであり,ヨーガとは,シバ神と個我との合一のことであり,教令とは,この合一のための修行法のことである。この派の修行法は,わざと世間の人びとがいやがる奇行を行うところに特徴がある。誤解されることによって,誤解した人の功徳をわが身に移行して蓄積しようというわけである。

(4)性力(シャークタ)Śākta派 〈タントラ〉と称される聖典を奉持する一派。この派の教説については〈タントラ〉の項参照。

(5)ラセーシュバラ(水銀)Raseśvara派 この派によれば,水銀はシバ神とその妃との結合から生じた不老不死の霊薬であり,これを服用し,身体を水銀所成にし,ヨーガを修することで,人は生前解脱に達するという。

(6)リンガーヤタLiṅgāyata派(別名ビーラ・シバ派Vīra-śaiva) バサバBasava(12世紀)を開祖とし,とくにカルナータカ地方に広まった。シバ神の象徴であるリンガを常に携帯し,神の恩寵を重視し,カースト制度を否定し,偶像崇拝巡礼など,外的な儀礼を廃止した。

(7)カーパーリカKāpālika派 人間の髑髏(カパーラ)を連ねて頭や首の飾りにするといった,独特の修行法を奉じた。この派の修行者は,7世紀にインドに遊学した玄奘も目撃している。また,中世のサンスクリット語の戯曲にも,彼らはしばしば登場する。
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日本大百科全書(ニッポニカ) 「シバ派」の意味・わかりやすい解説

シバ派
しばは
Śaiva
Śaivite

シバ神を最高神として崇拝するヒンドゥー教の有力な一派で、5世紀ころに明確な形をなしたと考えられている。ベーダ時代にはシバは個性の弱い神であったが、やがて諸地方の土着の宗教と習合を重ねるにしたがい、世界を主宰する神、とくには世界を破壊する恐るべき神とされるようになった。また、各地の地母神もシバ神妃として取り込まれるに至り、シバは男性性器(リンガ)、その神妃は性力(シャクティ)として崇拝されるようになった。哲学的には、純粋精神と根本物質の二元論を説くサーンキヤ学派、また、世界の最高主宰神は質料因ではなく動力因であると説くニヤーヤ学派バイシェーシカ学派との結び付きが一般に強い。その重要な支派は以下のとおりである。

[宮元啓一]

支派

(1)聖典シバ派 アーガマと称せられる聖典を信奉し、とくに南インドのタミル地方で栄えた。この派によれば、世界は主(パティ)、家畜(獣、パシュ)、索縄(さくじょう)(パーシャ)の3原理よりなる。主とは最高神たるシバ神、家畜とは個我、索縄とは非精神的な物質のことである。個我はシバ神の恩寵(おんちょう)によって神通力(じんずうりき)、解脱(げだつ)を得てシバ神そのものと同等になるという。

(2)カシミール・シバ派 カシミール地方を中心に栄えたこの派は、トリカとも称せられる。もとは聖典シバ派と同じ聖典を信奉していたようだが、9世紀にバスグプタが『シバ・スートラ』を著してから、不二一元(ふにいちげん)論の傾向を強め、独自の神学が形成された。この派によれば、解脱とは、無知を滅ぼし、自らが本来シバ神と同一であることを再認識することにほかならないという。そこで、再認識派とも称せられる。

(3)パーシュパタ(獣主)派 ラクリーシャ(年代不明)を開祖とする。彼はシバ神の化身であり、この派の根本経典『パーシュパタスートラ』を著したと伝えられる。この派では、原因(シバ神)、結果(個我)、ヨーガ(シバ神と個我の合一)、儀軌(ぎき)(修行法)、苦の終息の五つの原理がたてられる。

(4)シャクティ(性力)派 タントラと称せられる聖典を信奉する一派。独特の身体宇宙論を展開し、会陰(えいん)あたりに住まうクンダリニーという蛇の形をしたシャクティ(シバ神妃でもある)を覚醒(かくせい)、上昇させ、頭頂に住まうシバ神と合体させる修行法などを主張した。

(5)ラセーシュバラ(水銀)派 この派によれば、水銀はシバ神とその妃との結合から生じた不老不死の霊薬であり、これを服用し、身体を水銀所成にし、ヨーガを修することで、人は生前解脱に達するという。

(6)リンガーヤタ派 別名ビーラ・シバ派。バサバ(12世紀)を開祖とし、とくにカルナータカ地方に広まった。シバ神の象徴であるリンガをつねに携帯し、神の恩寵を重視し、カースト制度を否定し、偶像崇拝や巡礼など、外的な儀礼を廃止した。

(7)カーパーリカ派 人間の髑髏(どくろ)(カパーラ)を連ねて頭や首の飾りにするといった、独特の修行法を奉じた。この派の修行者は、7世紀にインドに遊学した玄奘(げんじょう)も目撃している。また、中世のサンスクリット語の戯曲にも、彼らはしばしば登場する。

[宮元啓一]

『黒柳恒男・土井久弥著『インドの諸宗教〈宗教のるつぼ〉』(中村元他編『アジア仏教史 インド編Ⅴ』所収・1973・佼成出版社)』『R・G・バンダルカル著、島岩・池田健太郎訳『ヒンドゥー教――ヴィシュヌとシヴァの宗教』(1985・せりか書房)』『マドゥ・バザーズ・ワング著、山口泰司訳『ヒンドゥー教』(2004・青土社)』『山下博司著『ヒンドゥー教――インドという“謎”』(2004・講談社)』

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「シバ派」の意味・わかりやすい解説

シバ派
シバは
Śiva

ヒンドゥー教の一派。ビシュヌ派とともに現在最も有力な宗派。シバ神を崇拝する。シバ神はブラフマー,ビシュヌとともに,天地の創造,維持,破壊を司る3神の一つで,破壊の神。のちに破壊だけでなく創造,維持の力もあるとされ,リンガ (男根) 信仰と結合して栄え,現在もシバ派寺院にはリンガを祀る。また,ナタラージャ (踊りの王) とされ,「踊るシバ」の銅像が盛んに造られた。この宗派はパーシュパタ派とアーガマ派とに大別され,両派はさらに多数の小派に分れた。現在はパーシュパタ派はほとんど消え,アーガマ派のみ栄えている。

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世界大百科事典(旧版)内のシバ派の言及

【アビナバグプタ】より

…生没年不詳。ヒンドゥー哲学の一派として9世紀ころにインドのカシミール地方で成立したシバ派(カシミール・シバ派)の最も代表的な思想家で,10世紀末に活躍した。主著の一つ《イーシュバラ・プラティアビジュニャー・ビマルシニー(主宰神の再認識の考察)》は,シバ神と各個我との同一性を再認識することにより解脱に達すると説くこの派(別名,再認識派)の不二一元論的思想の発展に大きく貢献した。…

【タントラ】より

…インド中世の,女性原理,〈性力〉を教義の中心とする諸宗派の聖典の総称。ふつうは,ビシュヌ派ではパンチャラートラ派のサンヒター,シバ派では聖典シバ派のアーガマおよび性力派のタントラなどを指す。最古のものは7世紀ころの成立とされる。…

【ナーヤナール】より

…南インドのタミル地方に,7世紀ころから現れた,一連のシバ派の指導者たちの総称。アディヤールadyārとも称せられる。…

※「シバ派」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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