C.チャップリン映画の傑作の一つ。1925年製作。彼が監督としても〈天才〉と呼ばれるようになった《巴里の女性》(1923)に続くユナイテッド・アーティスツ社の自主作品で,36歳のチャップリンの初めての長編(9巻)であり,74本目にあたる。この映画の着想は,開拓時代にカリフォルニアへ向かう途中で遭難したドナー隊の悲劇を読んだことがあった彼が,ステレオ・スライドで見たアラスカの金鉱掘りの実景からヒントを得たといわれ,自伝(1964)の中で〈逆説かもしれないが,しばしば悲劇がかえって笑いの精神を刺激してくれる〉と述べているとおり,痛ましい悲劇の記録から,この映画の名場面となったもっとも喜劇的なシーンの一つをつくり上げている。空腹に耐えかねたチャップリンが靴をゆで,靴底の釘を鶏肉の骨であるかのようにつまみ出し,靴ひもをスパゲッティのように食い,空腹のあまり幻覚におそわれた相棒は,チャップリンをニワトリと思いこんで食ってしまおうとする。この映画には三つの版があると伝えられており,ゴールドラッシュ熱や欲に浮かされても幸福はつかめないと彼はいいたかったのであろうが,日本やアメリカで公開されたプリントではハッピーエンドになっている。42年,チャップリン自身の音楽と解説をつけて〈新版〉が公開された。
執筆者:柏倉 昌美
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アメリカ映画。1925年作品。翌26年(大正15)日本公開。製作・脚本・監督・主演チャールズ・チャップリン。彼の74本目の初の長編喜劇。サイレント作品だが、のちチャップリン自身その再公開に伴奏音楽と効果音を加える。原題「ゴールド・ラッシュ」が示すように、一攫千金(いっかくせんきん)を夢みて各地から人が集まった金鉱発見時代のアラスカが舞台。放浪者チャップリンはここで賞金付き犯人や、黄金を求める大男ビッグ・ジム(マック・スウェン)と巡り会い、そして酒場女ジョージア(ジョージア・ヘール)への手の届かぬあこがれの恋をする。いくつかの見せ場のなかでも、飢えが迫ったチャップリンが自分の片方の靴を食べるくだり、また彼女と食事をともにする幻想シーンでの、ロールパンにフォークを突き刺して足に見立てたダンス芸、山小屋が一夜の猛吹雪(ふぶき)のあと崖(がけ)に落ちかけるスリルなどが有名。人間残酷悲劇を喜劇でみせ、愛の美しさを黄金以上の価値としたこの名作は、世界映画史上のベスト・ワンとうたわれたこともある。
[淀川長治]
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… そして早くも《チャップリンの替玉》(1916)その他で単なる笑劇から風刺劇へ変わっていくその後の作品の原形を示し,18年にファースト・ナショナル社と契約して製作上の完全な自由を得てからは,〈スラプスティック〉,すなわちドタバタの笑いのパターンとは異質の新しい笑い,人間的なユーモアと風刺へ昇化した笑いの創造を目ざし,〈戦いの神の犠牲〉にささげられたあわれな兵隊をペーソスと風刺をこめて描いた《担へ銃》(1918)や,社会的風刺が加わった最後の短編《偽牧師》(1923)を作り出している。19年にメリー・ピックフォード,ダグラス・フェアバンクス,D.W.グリフィスと共同で設立したユナイテッド・アーチスツ社でつくった《巴里の女性》(1923),《黄金狂時代》(1925),《サーカス》(1928)をへて,《街の灯》(1931)に至って,冒頭に〈コメディ・ロマンス・イン・パントマイム〉というタイトルがかかげられ,ユーモアとペーソス,笑いと涙のチャップリン映画が完成する。 すでにそのころアメリカではトーキー映画時代を迎えていたが,チャップリンは最後までトーキーに反対し,映画は〈純粋に視覚的な新しい芸術形式〉であると信じ,〈映画は沈黙の芸術である〉,トーキーは〈世界最古の芸術であるパントマイムを亡ぼそうとしている〉とも語っている。…
※「黄金狂時代」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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