改訂新版 世界大百科事典 「テグスサン」の意味・わかりやすい解説
テグスサン (天蚕糸蚕)
Eriogyna pyretorum
鱗翅(りんし)目ヤママユガ科のガで,フウサン(楓蚕)ともいう。前翅の開張約90mmの比較的大型の淡褐色をしたガで,中国南部,海南島,ベトナム,インドなどに分布する。年1回発生し,3月から5月に幼虫として成育し,夏秋は蛹態(ようたい)で過ごし,12月から翌年1月にかけて成虫となり交尾・産卵する。幼虫はフウ(楓),クスノキ(樟),ヤナギ(柳)などの葉を食べる。幼虫の絹糸腺からてぐす糸を作ることができるため,一部地域では飼育されている。てぐす糸の製法は,熟蚕の絹糸腺を取り出し1~3%の酢酸あるいは氷水に浸漬(しんし)して分子間摩擦を大きくし,秒速20cm以上の速さで急激に引き伸ばして繊維化させ陰干しして〈荒てぐす〉を得る。さらにこれから腺組織やセリシンを除き〈精製てぐす〉とする。カイコや他の野蚕の絹糸腺からもてぐす糸は得られるが,テグスサンのものに比べ強伸度が劣る。てぐす糸は釣糸や漁糸あるいは楽器の弦,外科用縫合糸などに使われていたが,現在ではもっぱら釣糸に使われており,淡路島の由良で〈磨きてぐす〉が作られている。磨きてぐすは精製てぐすを穴のあいた金属板で磨き,太さと丸みを均一にし,ワセリンを吸収させて透明度と軟らかさをもたせたものである。なお,生糸を数本あわせて引っ張りゼラチンを塗布し,ホルマリンでゼラチンを不溶化して作る〈人造てぐす〉は今はまったく生産されていない。
執筆者:小林 正彦+小河原 貞二
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報